日韓関係悪化に伴い感情に走る国民たち

まろんは猫である。猫は縄張り意識は強い。見知らぬ猫が住処に近寄って来ただけでも、争いに発展することは多い。しかし、そこに政治的な配慮はないため、一度仲良くなれば、その関係が壊れることはない。

さて、人間の世界では日韓関係が悪化している。「領海侵犯、レーザー照射問題、徴用工問題」、他にも問題を挙げればきりがない。某芸能人も「こんな日本の現状のまま子供たちに未来なんか繋げられるわけない!」と発言して賛同する声もあるが、実際のところはどうなのだろうか。

感情に走る国民性

前提として、韓国という国は感情に走る国民が多い。これは非常に厄介だ。理論的ではなく感情で行動してしまう場合、国家として国民をまとめるのは不可能に近い。国内の不平不満が爆発し、大騒ぎしている国民を、貴方が韓国の大統領になったとしたら、どのように手を打つだろうか?

過去の記事でも同じことを書いたが、これには共通の敵を作り出すのが手っ取り早い。

「全て日本が悪い。あいつらのせいで、俺らの待遇は悪化している。景気が後退するのも、日本が悪い。世界の起源は韓国なのに、誰に断ってその権利を行使しているニダ!」

注意を逸らすことができているうちはいいが、徴用工問題のように、一手失敗ると、国際社会と国内からの圧力で、ペチャンコになってしまう。それが韓国だ。

レーザー照射問題も国家の指示でなく、国民の暴走であり、日本へ謝罪できないのも、国民が暴走するからである。その幼稚園児をまとめなければならない韓国政府の立場を意識することで、我々も先が見えてくる。

感情に走る日本人

一部のネトウヨの意見を取り上げると、日本の対応は甘く舐められており、このままでは、日本の未来は無いらしいが、彼らは何と戦い、何を悲観しているのだろうか?

私は自分の子供の未来を悲観したことなどない。経済力、国民性で凌駕し、日米安保をチラつかせてアジアの平和を保っている現状を、どこに持っていこうとしているのだろうか?

その先まで語らずに、ただ不満を垂れ流すのは、多くの「韓国人」と同じ、感情に走る稚拙な国民性であることを認識すべきだ。

世界経済を意識する

北朝鮮を相手にするのとは意味が違う。韓国のGDPは1兆5千億USドルほどで世界ランク12位。日本の1/3に匹敵する。韓国の輸出については、中国 26.1%、アメリカ 11.1%、日本 6.2%と、日本はお得意さんだ。

韓国を締め上げるということは、日本経済を締め上げるという事だ。煮え切らない韓国に対して貿易戦争でも起こし、日本経済を締め上げることが望みなのか?サウジアラビアと違い資源大国でも無い日本が、何で値段を吊り上げるのだろうか。ギブアップするまで、チキンレースを仕掛けることが目的なのか?倒産する日本企業が出るのは避けようがない。

それは「政府が考えることだ。」というのでは、彼らと同じではないか。

トランプ大統領の米中貿易戦争での煽りを食らって株価は大暴落し、日経平均株価は2万円を切るところまで行った。それを賞賛して支持する覚悟も考えもないのに、制裁を前提として子供の未来を訴えるのは思慮が浅いにも程がある。少なくとも、GALAXYでLINEしながら語ることではない。

実際、日本と取引している韓国のビジネスマンは実にスマートで堅実的だ。

「誠に遺憾」は超便利

「毎回同じ言葉で聞き飽きた!」と叫ぶ人がいるが、日本の国民感情を抑えながら、韓国への意思表示として、「誠に遺憾」は、実に都合が良い。要は認めなければ国としての体裁は保たれるからだ。

韓国政府は、日本と喧嘩をしたいわけではないので、ヌルヌルズブズブな現状が互いの国によって「良好」なのだ。

そんな時に使われる日本語「誠に遺憾」は超便利。行動に起こさないが、意思表示だけはしておかないと。。という、シーンで連呼しておけば、世は事もなしである。

もし、それが気に入らないなら、貴方の思想は覇道だ。

未来の子供達へ

一つ懸念があるとすれば、昨今の韓国政府が、国民感情をセーブしきれていないように見えることだ。

もし、韓国政府機関の組織の一員が「政府は俺たちを支持してるニダ!からかってやるニダ!!」と暴走し日本人が死傷するような事態が発生した場合、この次の一手を韓国政府が誤ると、対日感情を煽ってきた政府のツケで国民の感情性がスパイラルに上昇し、テロに発展する恐れがある。テロリストに成り下がった国民は、ゴキブリよりもしぶとく、グラウンド・ゼロのような惨劇を生む。

それこそ、「未来の子供達」へ繋げてはならない、唯一の事柄ではなかろうか。

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高輪ゲートウェイのダサさが異常

まろんは猫である。

山手線の新駅として、田町〜品川間の駅の名前が「高輪ゲートウェイ」に決定したということで、皆一様に落胆の様相を見せている。それは当然で、新駅の名称を公募した中でも、130位、わずか36票の名称を採用したからである。

公募とは名ばかりの決議

日本の企業では公平性など糞食らえと言わんばかりにトップダウンで物事を決めることが多い。従業員一同が疑問を感じていても、お上の一存で社員旅行の行き先が決定することなど日常茶飯事である。

お金を出す決定権を持つ側が圧倒的な力を握る、それがジャパンの大手企業だ。しかし、問題なのは、決定権を有する役員がネームを出す知恵がないのに、偽りの公平感を演出して公募してしまう無能さにある。

今回の公募では1位は8398票の「高輪」に対して「高輪ゲートウェイ」は、わずか36票。アイデアだけをもらいたいなら、「社内公募」にすべきであって、「民意」に問いかけたのであれば、上位から選ぶのが道理であるが、「お金を出す自分たちが決めたい」「しかし、駅を利用する周りの意見も組んだ形にしたい」という助平心が、今回のような中途半端な結果を生んだ。更なる恥の上塗りは、票数を公開してしまう頭のおめでたさである。自ら偽りの公平感を暴露している。駅中開発を始め、目覚ましい成長を見せているJR東日本だけに落胆が激しい。

高輪ゲートウェイ

これを選ぶダサさは昭和のセンスである。平成が終わり、新元号になろうという最中に、昭和の人間で決めたのだから自明の理である。近場に「天王洲アイル」という秀逸なセンスがあるのに、発音を後回しにして、2020年東京オリンピックに向けてグローバル目線を重点(しかも昭和の日本人が)してしまった結果がこれである。こんなにも長く発声しにくいネーミングは浸透するはずがなく、新駅完成後に、周りがどの様にこの駅を呼ぶかは想像に難くない。「高輪」か「タカゲ」である。ならば、最初から「高輪」にすればいい。

まとめ

今回の問題点は、「公平感性を演出する」が、実際は「公平ではない」という恥を、世間にオープンにしただけでなく、子々孫々に伝わる「駅名」という形でコミットしようといていることにある。この事実こそ、世界や未来に顔向けできないのではないだろうか?

いますぐ撤回し、公募の上位3つの「高輪」「芝浦」「芝浜」から決め直すことだ。

ちなみに、まろんは「真北品川」一択である。(爆

 

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清潔感を履き違える

まろんは猫である。

猫ほど綺麗好きなものはないだろう。毎日、ナメナメ毛づくろいをして清潔感を保っている。しかし、人間の中には、その事だけが清潔感であるも履き違えている人がいる。

よくある例が、非モテ男子のお悩み相談で、質問者「女性にモテるにはどうしたらいいの?」

回答者「清潔感が重要だよ!」

質問者「お風呂は入ってるよ!」

冗談かと思うが、間違える若者がいるようだ。お風呂は入って当たり前である。。

その前に、髪の毛の先が揃ってなかったり、ボサボサだったり、フケがついてたり、自分で選んでないメガネを付けてたり、シワだらけや体型フィットしないダボンダボンの服やズボンを着ていたり、靴やベルトが1つしかなかったり、腕時計やハンカチやティッシュをもってなかったり、財布がレシートやポイントカードでごちゃごちゃだったり、リュックサックで出かけちゃったり、バッグを肩にかけると腰まで長かったり、香水を自分で感じるぐらいかけてたり、そういうところを何とかしろと言っているのだが、反論する輩に限って、中身を見ろとか一方的な要求をするくせに、相手には外見を求める。鳥ですら、オスはその美しさ逞しさを強調して求愛するのに、お前らときたら。。

 

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性格は言葉選びに出る

まろんは猫である。

猫の言葉は単語が少なく、イントネーションで伝えるのが主流である。しかし、人間は言葉選びで良くも悪くも取られてしまうどころか、その人の性格が出てしまう危険がある。

 

俳優の田中圭さんがテレビで結婚の理由を聞かれて次のように答えてしまい、多くの批判を生んだ。その内容はこうだ。

「真面目にですか?」「授かり婚だったんで、いろんな選択肢がいっぱいあったんです。」

「まだまだ仕事もしていきたいし、人気も欲しいし、もっとモテたいし、もっと遊びたいし。やりたいことがとにかくいっぱいありすぎて選べないから、『自分が今失って1番嫌なもの何だろう?』って思ったときに、嫁だったんで、結婚しました」

これが「カッコイイ!」と捉える人は、論外であるが、一部で指摘されているテロップの誤植「選択肢が(あった→絶った)」に関わらず、彼の自己中心的な性格がにじみ出ていることが批判の原因である。

結婚とは対等な関係によって築かれるべきであるが、この言葉では、相手は二の次で消去法で仕方なく選んだ形となってしまう。「俺としては不本意であった」と言っているようなもので、これが前面に出るのはよろしくない。ましてや、「女の子遊び」を比較材料に出してしまう時点でお里が知れるというものである。奥さんの家での苦労が偲ばれる。言葉選びとは性格を表すものであり、実に難しいことを再認識させていただいた。

もし、公共の電波で放送したいなら、当たり障りのない台本ぐらいは用意しておいた方がいい。

Q「結婚の決め手はなんですか?」

A「彼女とはきちんとプロポーズして、二人の今後の生活を話し合おうとしていた矢先に新しい命を授かることになったのですが、彼女もとても喜んでくれてて、少し順番違っちゃったね。なんて、話してて・・・でも、その時に一緒に子供を育てて歩んでいくことを決意しました」など。

ただ、もっとも残念なのは、本人が真面目と言いつつ、不埒な話をしていることに、なんら自覚がないことだ。

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Cルートのままでいたかった

まろんの主人です。

今日はまろんの代わりにボヤかせていただきます。拘束されていた安田さんが解放されたことについて賛否両論な意見が出ていますが、これに対して、ZOZO前澤社長が次のような発言をされています。

事の顛末は、こちらのまとめサイトの記事でご覧になれます。

ZOZO前沢社長「日本政府は人命よりテロとは交渉しないという姿勢を優先した。人命<姿勢???」 : オレ的ゲーム速報@刃

ZOZOの前澤社長には嫉妬せざるを得ません。羨ましい。私もそうでありたかたった。

前澤社長はタクティクスオウガの若き青年デニムで、私は気がつけばアルモニカの騎士レオナールになっていたようです。

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日本はテロとは交渉しない

テロとの交渉など言語道断ですが、報道されていること=真実ではありませんので、何もしていないと考えられるのは、思慮が浅いと考えます。いくつものルートをバイパスして圧力を掛けることもできますので、表に出ている情報しか想像が及ばないのであれば、戦国時代なら真っ先に敗戦の将に成り果てていることでしょう。

 

テロリストと対話する

お金や対話で解決すると考えるのは、1代限りの喧嘩だと思っているからなのでしょうか。

とんでもなく巨大で複雑に絡み合った糸。宗教や思想を現在進行形で数千年の時と世代を掛けて絡ませ続けた結果だと考えれば、まだ分かりやすいでしょうか。

想像を絶する死体の山の上にいる訳で、対話などという、そんな時代はとうに過ぎ去ってしまっています。だからと言って何もしていなかった訳ではなく、現在は「その交渉の果て」であり、今も全力で対応をしています。

安易な介入は却って事態を後退させることに繋がる結果になるところまで来てしまっていますのです。

今では迷わずはLルート

世界中の人々が笑顔で安心して暮らせるように、食べるものや安眠できる場所が全ての行き届くように志す姿は、生粋のビジネスマンなのだと感銘を受けます。ただ、政治信条を話すとそのギャップに落胆する方が多くいるので、呆れられてしまうのです。次世代のために道を作るだけにしてもらえると、最後のエンディングは素敵なものになるでしょう。

お米が美味い

まろんは猫である。毎日の食事といえば、キャットフードであり、主食である。キャットフードばかりではあるが、憐れむ必要はない。まろんの主人も同じように、毎日、お米ばかり食べているではないか。これぞ、主食である。

引き立て役としてのお米

キャットフードと違うとしたら、お米は主食ではあるが、おかずと一緒に食べることで、その味を何倍にも引き立てることができることだ。和食ではもちろんのこと、洋食が大きく入り込んでいる現代においても、お米は欠かすことができない一品だ。

しかし、その一方でお米について無頓着になっていると感じる。カレー、チャーハン、オムライスやら、牛丼、カツ丼など、お米を掻き込む種類の食事をしていると、その良さに気が付けないだろう。

お米を意識しない

先日、新潟で魚沼産コシヒカリの新米を食べる機会があり、改めて、その美味しさがの違いを認識した。迷わず、新米をお土産に選んで購入したが、一緒にいた同僚は、「美味しいことには美味しいけど、そこまでではない。」という。なるほど。これは、お米を意識せずに食べているのだ。私も以前はそうだっと思うが、歳を重ねるにつれて、嗜好も考え方も、より変わってきた。

主食であるお米を主役にする

お米は、その味の違いを意識すると鮮明に分かるようになる。その為には、「お米をおかずにお米を食べる」感覚を身につける。これが身につくと、美味しいお米の虜になるだろう。

手っ取り早く理解するには、一度、夕食を「おにぎり」を中心に構成してみて欲しい。きっと新しい発見が生まれるだろう。

我が家では先日「おにぎりディナー」としたが、あまりの美味さに奥様共々、昇天した。おススメである。

【おにぎりディナーのポイント】

  • 新米であり精米日が直近である。
  • お米を始めに浸す水は手早く捨てる。
  • お米を研ぎすぎない。
  • 1時間水に浸して炊き込む。
  • 有明産の焼き海苔を用意。
  • 好きなお新香を用意。
  • ヒマラヤ岩塩を用意。
  • 豚汁を用意。

ベストオブライス

色々試してみた結果、我が家で辿り着いたベストオブライスは、新潟米「新之助 しんのすけ」である。この手は力説しても仕方がないので、新米が手に入るようであれば1kgなどからでいいので、「おにぎりパーティ」を是非、試して欲しい。

 

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心技体

 

まろんは猫である。まろんは遊ぶときに「ニャンスポーツ」を日夜繰り広げて、主人の睡眠を妨げているが、この度はアメリカで凄惨な事件が起きてしまったようだ。

e-sports(ゲーム大会)において、大会のゲームに負けた腹いせで銃乱射を行い、死傷者を出した挙句、犯人は拳銃で自殺をしたようだ。

通常のスポーツでは負けた腹いせで銃乱射など聞いたことがない。しかし、黎明期にあるe-sportsで早々に事件が発生してしまった。

そもそもスポーツなんかと呼ばない

以前もe-sportsについてボヤいているが、そもそもスポーツと呼びたがってるのは、それによって金儲けを企んでいる輩だけである。まろんの主人もゲーマーではあるが、「スポーツ」などとは微塵にも感じたことも考えたこともない。ゲームの相互理解については浸透してもらいたいと思う側面はあるが、それとこれとは別の話である。

何が欠落しているのか?

仮にスポーツと定義したときに、なぜこのような事件が発生するのか?

何が違うのか?

考えてみると、一番しっくりくるのは、古木 源之助著 『 柔術独習書 』由来とされている「心技体」であると、まろんは考える。

『心』

心が豊かであれば、体は鍛錬されていき、技に磨きが掛かる。

『技』

技を磨き上げれば、心が豊かに育ち、体も鍛錬されていく。

『体』

体を鍛錬すればこそ、技は我が身に染まり、心が豊かに安定する。

この3要素なバランスが三位一体となったとき、最高のパフォーマンスを発揮するという。しかし、e-sportsをやっているものの大半は、「技」しかない。「心」「体」は何処かに置いてきてしまっている。平たく言えば、メンタルが幼稚なのである。これもテレビゲーム故の特性だろう。

日本のプロゲーマー「ウメハラ」は、心体を補うためにジムトレーニングを行っているが、実に理に適っているのではないか。

勝負に負けて思うのは悔しい

故にアスリートは勝負に負けて思うことは「悔しい」である。自分に悔しい。次は勝ちたい。だから頑張れる。そんなプラスなメンタルに対して、ゲームの勝負に負けて思うのは悔しいではなく、大半の人は「イラつく」である。結果、チートを使ってでも勝てば「愉悦」を感じ、それでいいと考える者もいる。マイナスなメンタルを動機にしているものが少なくないのだ。

心が幼稚で身体が強くないものが、暴力に訴えるとしたら、拳銃が手っ取り早い。

そんな、メンタルがこのような銃乱射に結びついたのではなかろうか。

ゲームやスポーツに限らず

人として健全に過ごすためには、スポーツであろうとビジネスであろうと、「心技体」については意識すべきだと強く感じた。家の中に篭っていても、心や体は疎かになり「衰弱」していく。筋肉を維持するのは大変だとか、時間がないとか、言い訳を考えるのは既に「衰弱」が始まっているのかもしれない。結果として、健全な人生が待っているのであれば、そこには進んで投資すべきなのだろう。

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