まろんの人生を豊かにする料理店

まろんは猫である。

そして猫はグルメである。一度でも美味しい餌を口にしたが最後、古い味には決して戻らない。それが猫道である。

今回は、まろんの人生観を大きく変えた飯処を紹介しよう。

 

メゾンカイザー オフィシャルウェブサイト

メゾンカイザー

世界一のクロワッサン。これを食べないなんて人生損してる。

 

満洲について|ぎょうざの満洲採用サイト

餃子の満州

王将より3割美味い。これを食べたら他の店では餃子は頼めなくなる。

 

横浜のハンバーグ&ステーキレストラン【ハングリータイガー】

ハングリータイガー

ハンバーグかステーキかで問われたら、必ずステーキと答えていた固定概念を覆した。ここのオリジナルハンバーグとデミグラスソースは筆舌に尽くしがたい。BSE事件さえなければと悔やまれる。

 

https://www.sushinomidori.co.jp/

美登利寿司

魚嫌いでも大丈夫。お寿司って、こんなに違うんだ。

 

Barbacoa

バルバッコア

肉欲のリビドーを発散させてくれる。人生一度は無心に齧り付かねばならない。

 

骨付鳥 一鶴 -IKKAKU-:骨付鳥について一鶴

こんなにも衝撃の味があっただろうか。鶴肉といつも間違えられる。

 

「牛タン・とろろ・麦めし」健康・自然・おいしさにこだわる ねぎし

ねぎし

庶民のちょいプチ贅沢はここから始まる。店舗を一気に増やさず、サービスと品質を維持する料理店の鑑。

 

トップページ | 株式会社横浜桂林桂林

いままで食べてた中華料理て何だったの?これが世界三大料理

 

t.u.b associates | ティー・ユー・ビーアソシエイツ

こめらく

洋食にうつつを抜かした自分を取り戻させてくれる。心の底から米はうまい。

 

ステーキハウス ビーエム

ステーキハウスBM

都内でアメリカンステーキを食べるなら最高峰。決め手はオリジナルステーキソース。

 

HARBS

ハーブス

全国の苺好きならマストバイ。ストロベリータルト。

 

ほっともっと

ほっともっと

最後の晩餐は特唐揚げ弁当でいい。引っ越し先は、ほっともっとが近隣にある場所にすることを誓わせる。

 

本場喜多方ラーメンの老舗│喜多方ラーメン坂内

喜多方ラーメン 坂内

同僚に連れて行かれチャーシュー麺を食べた時、そこから、まろんのラーメンソムリエ道が始まった。

 

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事故は巻き込まれて起こる

まろんは猫である。昨今、痛ましい車の事故が多く発生している。池袋で母子が巻き込まれて死亡してしまった事件や、大津市で信号待ちしていた保育園児の列に車が突っ込んで死傷する事件も起きてしまった。どちらも交通ルールを守っていたわけだが、まろんは常々こう考えている。

事故は巻き込まれて起きる

事故というものは自分が起こすものではなく、基本的に起こされるものである。子供に教える時は赤信号を無視すると車に轢かれるので、青信号を渡れと教育するのは浅はかである。

赤信号で渡れば事故が起きるのは当たり前で、青信号で渡る時にこそ気をつけねばならないのだ。

事故とは1人で起こすものではない。互いに交通ルールを遵守することが重要であるが、「自分が交通ルールを守っているのだから、相手も守るはずである」と、問題の発生要因を外的要因に依存させてしまうからである。外的要因に依存した考え方は容易に破綻する。

モーニング娘。吉澤ひとみのように、赤信号を無視して飲酒運転で轢き逃げする人間もいるのだ。命に関わることについて「自己の正当性を主張する」ことは意味をなさない。

青信号の右を見て左を見て渡りましょうの本当の意味は、相手が止まる意思を持っているかを確認し、青信号でも突っ込んでくる車を警戒して有事には歩行者側が避けろということである。理不尽だが、命を奪われてからでは元も子もない。自分の命は自分で守る。交通弱者である歩行者こそが最善を尽くして警戒をしなくてはならない。

命を預かることの重さ

大津市の事故において保育園を責めるのは酷である。信号待ちの所に突っ込まれてしまうのだから、どうしようもないと考えるが、それは第三者の意見である。まろんが子を連れて歩く時には「遠回りしてでも車通りの少ない二車線の道を選ぶ」「通りの上から物が落ちてこないか確認する」「交差点ではガードレールや電信柱の後ろに立ち位置を置く」「車の影がなくなってから渡る(車間距離で渡らない)」など、あらゆるリスクの軽減を思考して慎重に慎重を重ねて歩く。

だが、保育園にそこまで期待するのは現実的ではない。預かっている子供は1人ではないし、保育士の人数も限られている。できることは、とにかく交通ルールを遵守することで精一杯だ。そこが、「親との違い」である。子供の命の重さは親にしかわからない。故に、命の責任を預けられるのは親でしかない。

事故は起こしたいわけではない

誰もが事故を起こそうと思って起こすわけではない。人間が不完全である以上、事故をなくすことは不可能だ。

システムの世界ではフェールセーフやフェールソフトという考え方がある。問題が起きた時に最悪の状態だけは避けようとする動きだ。無傷ではすまなかったとしても、不幸な出来事だけは避けられるように、各自が考えて尽くすことで、救われる命があるなら、そうありたいと考える。

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ネットに潜む危険性

まろんは猫である。

猫の世界にインターネットはない。閉鎖的な空間でしか生きていないため、退屈なようではあるが、何かに踊らされることもない。

その中でも、まろんだけはインターネット黎明期から接してきた。故にどれだけ信用できないことかも知っている。

嘘は嘘であると見抜ける人でないと難しい。

2000年に当日2ちゃんねるを運営していた「ひろゆき」氏が使った言葉だが、インターネットの掲示板での使い方のみならず、インターネット自体を使う上でも、その言葉は実に的を射ている。

あらゆる角度を持ったユーザーが無責任に発言を刺して回ることができるのがインターネットであり、その言葉の信憑性は皆無である。公的ではない第三者の意図により、誘導されたものであることを、今一度、認識すべきである。

否定的な少数派の意見がさも大多数であるかのように映る

例えば、このような記事があったとする。

夫の扶養から抜け出したい~専業主婦の挑戦~1:「共働き」って堂々と言える? | ママの求人

妻の育児を理解しようともせずに自己の主張を押し付けるダメ夫である。

そして、ツイッターで「育児 旦那 手伝ってくれる」などで検索すると、ネガティブな要素ばかりが目立つ。これをみて、世の中の男性全体は基本的に育児に理解がないと受け取りがちだが、これは典型的な誤認である。

何故なら、肯定的な意見など、記事を探す側は最初から求めていないからだ。

私生活が充実している人間は肯定的な意見など交わさない。交わす必要性がない。「えっ?うちの旦那は手伝ってくれるけど、、みんなは違うの?」とでも言えば、速攻で袋叩きにあうのがインターネットであり、現に辻希美が証明している。

辻希美オフィシャルブログ「のんピース」Powered by Ameba

私生活が充実でポジティブな人間は肯定的な人間を探す必要性がない。よって、「うちもこんな遊びをしました!」「こんないいことがありました!」という発言もする必要がなく、母集団は小さくなる。

その点、ネガティブな人間は、相手のアラを探し、自分たちと同じ不幸な境遇な人間を探し、ムジナ同士で集まろうとする。そして、その集団が不幸自慢を発信するので、大多数の意見であるかのように目に付くようになる。

しかし、それは錯覚であり、大抵の真実はその逆数である。

周りもネガティブな人がたくさんいるよ!というのは何の意味もなく、統計を取るまでわからない。しかし、統計を取る必要がない。最初からそんな結果などどうでもよく、ただ自分を肯定する意見だけを見ていたいのだ。

しかし、それすらも第三者により無意識に誘導された結果である。

藤島康介さん、初代からサクラ大戦キャラデザをやっていたのに外されるも惜しむ声ゼロ説 : オレ的ゲーム速報@刃

痛いニュース(ノ∀`) : 【画像】 「サクラ大戦」新作発表 キャラデザは「BLEACH」の久保帯人 - ライブドアブログ

 

同じことについて、肯定派と否定派が、互い知らずに、自分たちに友好的な意見だけまとめた結果である。記事は事実であるが、キャラクターデザインの是非についての有用性については便所の落書き程度でしかない。

重要なのは冒頭にある、ひろゆき氏の言葉であり、危険なのは「ほら!こんな意見がたくさんある!世の中の流れは自分にある!」と、片方の意見だけを見て錯覚することだ。

まとめ

インターネットを使う上で寛容であるのは「娯楽」であり、あなたの考えを「肯定」する意見を探すことに使ってはならない。そして、ポジティブな意見はネットに敢えて書き溜める必要などない。

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相変わらずセクハラのラインが分からない人たち

まろんは猫である。猫界では言語が少ないためセクハラに当たることがないと思われていることと思うが、逆に春先ではメスがオスにセクハラをばら撒いて歩くときがあるので、迷惑している。だが、それ以上に人間界ではセクハラ問題が深刻なようだ。

こういうのはセクハラです。こう話しましょうというやり取りをツイッターで見かけると、必ず沸いて出るのは、それを理解できない男脳である。

例えば、「可愛いね」はセクハラです。というと、「それはおかしい」「性的な意味はない。女性たちなら良くて男性ならダメなら、ジェンダー.バイアスだ。」などと理論を振り回し始める。

女性もさぞかし気苦労が絶えないことだと思う。

男脳は理論に当てはめて考える習性があり、どこが境界かを決めたがる。それは狩において同じ失敗を2度繰り返さないための生き抜く知恵だ。一度引いたラインを論理付けたら、そのラインを超えない限りは安全と判断する。それができない男は、狩ができずに淘汰されてきた。しかし、そんな考えは対人関係のコミニュケーションにおいてはミスディレクションであり、「可愛いね」「優しいね」が良いだのダメだのといったケースの開示はそれを誘発させやすい。なので、いつまでたってもセクハラが理解できない男脳に告げる。

  • セクハラを判断するのは相手でありお前ではない。
  • 万人の女性に通用する万能な言葉などない。
  • お前の価値観はどうでも良い。(例 これはセーフ/アウト)
  • 同じ単語でもお前が発言するからアウト

では、どうしたら良いのか?と思われるかもしれないが、その考え方が既にハラスメント。

いい加減に、自分の境界を論理で相手に押し付けてマウントしようとする癖はやめなさい。これは感情であり、理屈の問題ではないのだ。

(と言っても、人から押し付けられた価値観を認めるのは沽券に関わるので、考え方を改める人などコンマ数パーセントなのだが。。男とは面倒くさい限りだ。)

では、「終始話しかけないのが安全」とスネる輩もいるが、そう思うのであれば話しかけなくて結構である。まったく興味がない男性が、土足で突然に踏み込んでくる嫌悪感の想像がつかないのであれば。

察するに根底には無意識な男性上位の考えが社会に根付いているからのようにも思える。日本の女性における政界進出は158位だというが、もし、関連性があるのであれば、向こう100年間は日本のセクハラ事情は解決しそうにない。

 

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迷惑動画を投稿する若者たち

まろんは猫である。猫はスマホを扱えないが、最近では若年層ですらスマホを持っている。そのスマホの手軽さ故、歪んだ形で用いられる事がある。昨今、SNSで飲食店での衛生面で問題のある動画が多く上がっている。

セブンイレブンくら寿司、はま寿司、バーミヤン。様々なところが取り上げられているか、なぜこのような事象が起きてしまうのか。

自己顕示欲

これに尽きる。平たく言えば、「さすが、俺たちにはできないことをやってのけるゥ!そこに痺れる憧れるゥ!」である。自分の狭いコミュニティでの優位性を発揮しようとする行為だ。子供の社会ではありがちで、特に上下関係で立場を見る傾向にある男子社会に起きやすい。これに関して、くら寿司では賠償責任まで問うとして進めている。しかし、それは大人の社会における大人への対処手法だ。

SNSの危険性

何十年も前から、自己顕示欲による暴走はあった。まろんが子供の時は、万引き自慢も流行っていた。学校のガラスを割ることもあった。むろん、見えないところで、今回と同じような悪ふざけもあったが、スマートデバイスがない時代のため、いずれにしても、学校のクラスに拡散される程度で済んでいたのだ。知らなければ、気にならなかったものが、SNSを通じて社会に拡散されたため、消費者と繋がりができ、クレームに発展してしまうのが不幸の要因である。1人の悪ふざけが、企業全体の損害に繋がってしまう。これは昔には無かったことである。

本人たちは理解していない

そもそも、自立していない子供のしでかすことだけに、本人は自分の行いがどのような影響を及ぼすのか理解していないし、理解できない。それは罰則を適用しても同じことで、根本的な解決にはならない。

子供たちは「そんなつもりはなかった」「ちょっとした悪ふざけだった」でしかなく、それを大人のルールで一方的に裁くのは社会通念では公平かもしれないが、子供たちは不幸である。

本質的な問題は、最近の若者が変わってしまったのではなく、社会の変化についていけていない国民にある。すなわち、教育である。SNSが普及したのは最近で、大人である教職員や親は、子供達より馴染みがない。「なんで、そんな馬鹿なことをしたんだ!」と怒り散らすのは、保護者としての義務を果たさず、権利を主張する行為だ。

本来、SNSについて理解し、教育しなければならない大人が危険性を理解できていないのだから、子供を躾けることなどできない。ニュースを見とけ!や、学校で注意のプリントを配って終わるのは教育ではない。

Lineグループやツイッターの鍵垢でやったとしても、誰かがオープンコミュニティに複製してしまえば、終わりである。SNSはへの対応は、そんなに甘くない。

以降は、若者向けへのメッセージとする。

やるなら、21世紀のやり方を学べ

悪ふざけをなくす方法を語るのは、他の大人に任せるとして、まろんは「そんなに尾崎豊をしたいなら、21世紀のやり方を学べ」と言いたい。

  1. SNSに投稿するのは自分の所有物で行うこと。(購入したアイドルのCDを腹いせに自宅で全て破壊する。)
  2. 友人を証人として立ち合わせるが、録画するのは、自分の携帯のみとし、複製はさせない。送信もさせない。学校で見せて回るようにする。
  3. そんなに破壊したいなら、自宅を破壊して、親との殴り合いを中継する。
  4. それでも、自制できない状態であれば、責任が転嫁されず個人に帰属する悪ふざけをして、収監されること。(覚醒剤、窃盗罪、器物破損罪。)

SNSを活用しろ

昨今の生活から、切っても切り離せないツールなのだから、いっそのこと活用する方法を考える。SNSを個人マスコミの集合体として考えれば良い。すなわち、悪いことを拡散させるのではなく、良いことを拡散させるように利用する。

「ボランティア」「創作」「特技」「趣味」なんでもいい。人から良い感心もSNSでは拡散するのだ。悪ふざけとは違い、「単発」では関心を持たれないが、「続けること」で、悪ふざけと違って「真似ができず」、「心が洗練され」、自分の中のズッシリとした骨格となる。

オフラインの実感が積み上がれば、オンラインの知らない人間の評価やコメントなど、意に介さなくなっている。

 

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日韓関係悪化に伴い感情に走る国民たち

まろんは猫である。猫は縄張り意識は強い。見知らぬ猫が住処に近寄って来ただけでも、争いに発展することは多い。しかし、そこに政治的な配慮はないため、一度仲良くなれば、その関係が壊れることはない。

さて、人間の世界では日韓関係が悪化している。「領海侵犯、レーザー照射問題、徴用工問題」、他にも問題を挙げればきりがない。某芸能人も「こんな日本の現状のまま子供たちに未来なんか繋げられるわけない!」と発言して賛同する声もあるが、実際のところはどうなのだろうか。

感情に走る国民性

前提として、韓国という国は感情に走る国民が多い。これは非常に厄介だ。理論的ではなく感情で行動してしまう場合、国家として国民をまとめるのは不可能に近い。国内の不平不満が爆発し、大騒ぎしている国民を、貴方が韓国の大統領になったとしたら、どのように手を打つだろうか?

過去の記事でも同じことを書いたが、これには共通の敵を作り出すのが手っ取り早い。

「全て日本が悪い。あいつらのせいで、俺らの待遇は悪化している。景気が後退するのも、日本が悪い。世界の起源は韓国なのに、誰に断ってその権利を行使しているニダ!」

注意を逸らすことができているうちはいいが、徴用工問題のように、一手失敗ると、国際社会と国内からの圧力で、ペチャンコになってしまう。それが韓国だ。

レーザー照射問題も国家の指示でなく、国民の暴走であり、日本へ謝罪できないのも、国民が暴走するからである。その幼稚園児をまとめなければならない韓国政府の立場を意識することで、我々も先が見えてくる。

感情に走る日本人

一部のネトウヨの意見を取り上げると、日本の対応は甘く舐められており、このままでは、日本の未来は無いらしいが、彼らは何と戦い、何を悲観しているのだろうか?

私は自分の子供の未来を悲観したことなどない。経済力、国民性で凌駕し、日米安保をチラつかせてアジアの平和を保っている現状を、どこに持っていこうとしているのだろうか?

その先まで語らずに、ただ不満を垂れ流すのは、多くの「韓国人」と同じ、感情に走る稚拙な国民性であることを認識すべきだ。

世界経済を意識する

北朝鮮を相手にするのとは意味が違う。韓国のGDPは1兆5千億USドルほどで世界ランク12位。日本の1/3に匹敵する。韓国の輸出については、中国 26.1%、アメリカ 11.1%、日本 6.2%と、日本はお得意さんだ。

韓国を締め上げるということは、日本経済を締め上げるという事だ。煮え切らない韓国に対して貿易戦争でも起こし、日本経済を締め上げることが望みなのか?サウジアラビアと違い資源大国でも無い日本が、何で値段を吊り上げるのだろうか。ギブアップするまで、チキンレースを仕掛けることが目的なのか?倒産する日本企業が出るのは避けようがない。

それは「政府が考えることだ。」というのでは、彼らと同じではないか。

トランプ大統領の米中貿易戦争での煽りを食らって株価は大暴落し、日経平均株価は2万円を切るところまで行った。それを賞賛して支持する覚悟も考えもないのに、制裁を前提として子供の未来を訴えるのは思慮が浅いにも程がある。少なくとも、GALAXYでLINEしながら語ることではない。

実際、日本と取引している韓国のビジネスマンは実にスマートで堅実的だ。

「誠に遺憾」は超便利

「毎回同じ言葉で聞き飽きた!」と叫ぶ人がいるが、日本の国民感情を抑えながら、韓国への意思表示として、「誠に遺憾」は、実に都合が良い。要は認めなければ国としての体裁は保たれるからだ。

韓国政府は、日本と喧嘩をしたいわけではないので、ヌルヌルズブズブな現状が互いの国によって「良好」なのだ。

そんな時に使われる日本語「誠に遺憾」は超便利。行動に起こさないが、意思表示だけはしておかないと。。という、シーンで連呼しておけば、世は事もなしである。

もし、それが気に入らないなら、貴方の思想は覇道だ。

未来の子供達へ

一つ懸念があるとすれば、昨今の韓国政府が、国民感情をセーブしきれていないように見えることだ。

もし、韓国政府機関の組織の一員が「政府は俺たちを支持してるニダ!からかってやるニダ!!」と暴走し日本人が死傷するような事態が発生した場合、この次の一手を韓国政府が誤ると、対日感情を煽ってきた政府のツケで国民の感情性がスパイラルに上昇し、テロに発展する恐れがある。テロリストに成り下がった国民は、ゴキブリよりもしぶとく、グラウンド・ゼロのような惨劇を生む。

それこそ、「未来の子供達」へ繋げてはならない、唯一の事柄ではなかろうか。

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高輪ゲートウェイのダサさが異常

まろんは猫である。

山手線の新駅として、田町〜品川間の駅の名前が「高輪ゲートウェイ」に決定したということで、皆一様に落胆の様相を見せている。それは当然で、新駅の名称を公募した中でも、130位、わずか36票の名称を採用したからである。

公募とは名ばかりの決議

日本の企業では公平性など糞食らえと言わんばかりにトップダウンで物事を決めることが多い。従業員一同が疑問を感じていても、お上の一存で社員旅行の行き先が決定することなど日常茶飯事である。

お金を出す決定権を持つ側が圧倒的な力を握る、それがジャパンの大手企業だ。しかし、問題なのは、決定権を有する役員がネームを出す知恵がないのに、偽りの公平感を演出して公募してしまう無能さにある。

今回の公募では1位は8398票の「高輪」に対して「高輪ゲートウェイ」は、わずか36票。アイデアだけをもらいたいなら、「社内公募」にすべきであって、「民意」に問いかけたのであれば、上位から選ぶのが道理であるが、「お金を出す自分たちが決めたい」「しかし、駅を利用する周りの意見も組んだ形にしたい」という助平心が、今回のような中途半端な結果を生んだ。更なる恥の上塗りは、票数を公開してしまう頭のおめでたさである。自ら偽りの公平感を暴露している。駅中開発を始め、目覚ましい成長を見せているJR東日本だけに落胆が激しい。

高輪ゲートウェイ

これを選ぶダサさは昭和のセンスである。平成が終わり、新元号になろうという最中に、昭和の人間で決めたのだから自明の理である。近場に「天王洲アイル」という秀逸なセンスがあるのに、発音を後回しにして、2020年東京オリンピックに向けてグローバル目線を重点(しかも昭和の日本人が)してしまった結果がこれである。こんなにも長く発声しにくいネーミングは浸透するはずがなく、新駅完成後に、周りがどの様にこの駅を呼ぶかは想像に難くない。「高輪」か「タカゲ」である。ならば、最初から「高輪」にすればいい。

まとめ

今回の問題点は、「公平感性を演出する」が、実際は「公平ではない」という恥を、世間にオープンにしただけでなく、子々孫々に伝わる「駅名」という形でコミットしようといていることにある。この事実こそ、世界や未来に顔向けできないのではないだろうか?

いますぐ撤回し、公募の上位3つの「高輪」「芝浦」「芝浜」から決め直すことだ。

ちなみに、まろんは「真北品川」一択である。(爆

 

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