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まろんによる全力で電車に座るための分析術

まろんは電車通勤である。結婚前は通勤10分だったが、今では通勤1時間15分が課せられた。

果てることのない...通勤地獄...!

乗り越えるには...そう...座席の確保!

サラリーマン達による熾烈な座席競争に打ち勝たねばならない...!

某先生風に語ればこんなところである。まろんは、2時間かかる人にくらべれば遥かにマシだし、帰宅時は座れるのでハングリー精神にかけるかもしれないが、座れるものなら座る。その為に、まろんは勝利の方程式を立てた。

兎にも角にも立ち位置

搭乗する電車は、まろんの駅に着くときには座席は100パーセント埋まっているが、吊革の占拠率は20パーセント程度である。

つまり、プラットホームでの陣取りに失敗しなければ、大抵の吊革位置は確保できるようになっている。となれば、早めに座席を開けて降りそうな乗客を、こちらで選ぶことができる。ただし、ドア付近の座席は混雑率が120パーセントなので確信を持ったとき以外は危険である。

乗客の顔と降りる駅を暗記する

まろんが最初に思ったのは、決められた時刻の電車に乗れば、見知った顔が出てくることだ。つまり、乗客の顔を覚えて降りる駅を暗記してしまえばいい。実にシンプルだが確実な勝ち方である。

しかし、思惑は早々に破綻する。まず、赤の他人の顔を全員覚えるのは、想像以上に困難だ。それに毎回同じ座席に座る人はいない

 服装で判別する

まろんの通勤電車は都心に向かって行く電車である。1時間の間に15駅ぐらいあるだろうか。顔を覚えようとして失敗し続けたまろんは、日々の通勤の中である傾向が見えてきた。

都心に向かう電車ということは、最後まで乗っている人間は典型的なサラリーマンである。逆に近所のおばさんが都心に向かうことはない。

これらを判断するための適切な材料は何か?ズバリ服装である。服装をカテゴライズするとこうなる。

  • 学生服

学生は制服で容易に判断できる。大抵が近場の学校で、相当な狙い目だ。学生を見つけたら、いの一番で手前に立とう。

  • 軽装

平日の朝に主婦層やご老人がいれば、まず近場で降りる。荷物を持っていない、カジュアルな服装、子連れ、靴がハイヒールでない場合は遠くへは行かず、乗り換えがある駅で降りて行く可能性が大だ。女性の割合が多く、ここを見抜くことで座る確率がグッとあがる。

  • スーツ

スーツはサラリーマンの象徴。最悪の相手だ。どこに行くか見当もつかず判断することができない。絶対にスーツを着てる人の前に立たないこと。

モーション

基本的な判断は服装で判断する。

さらに確率を高めるため、避けるべき乗客のモーションを整理する。

  • 寝てる

寝る余裕があるというのは、目的地が相当先であるためだ。寝ている人の前には立たないこと。

スマホを扱う層はバリバリのリーマン、ウーマンなので危険だ。通勤時間は長いことが多い。

  • 音楽を聴いたり本を読んでいる

スマホよりはマシであるが、暇つぶしの道具を持っているというのはやはり危険。たとえば、一駅で降りるのならば本など持ち歩かない。まろんも以前、通勤は一駅だったが、本は持ち歩かなくなった。

  • 網棚の上に荷物を置いている

これはすぐに降りない気満々ではないか。

  • 何もせずぼっとしている

これが肝要。軽装でぼっとしている人は、大抵すぐにおりるのだ。過ごし方に工夫がないのは、乗り慣れていないか、目的地が近いからである。

禁断の秘技

車両の端にある優先座席の前に張り込む技だ。優先席を利用する人は遠出しないことが多い。しかし、他の人に譲らなければならないことがあるので、注意しよう。

失敗から学ぶ

なお、どんなに最善を尽くしても的を外すことがある。狙った席の隣が空いたりするときは、歯ぎしりものである。しかし、注目すべきは、おりる人の様相だ。どんな人が早い段階で降りたのか?これを見続けることで選球眼も鍛えられて行く。長い通勤人生。少しでも楽をしたいではないか。

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まろんの断捨離収納テクニック

 断捨離テクニック

まろんは物を持たない。故に物は溢れない。溢れて困っている人は、まろんの断捨離テクニックをぜひ実践してもらいたい。
たった2つのことを守るだけである。 

 
其の壱.1年以上使わなかったものを捨てる 

非常用と備蓄と思い出の品を除き、1年間使わなかったものを全て廃棄しよう。たったこれだけで状況は一転し、新鮮な空気を味わうことができる。春夏秋冬を通して使わなかったものは、翌年も使うことはない。使わなくても生活可能であるし、一つずつ無くなっていっても気付きもしない。
名探偵コナンやワンピースなど、終わりの見えない書籍にスペースを食いつぶされてはいないだろうか。読みかけの本はないだろうか。滅多に着ない服はないだろうか。無ければ無いで成り立つのである。全てゴミ箱行きにしよう。もし、時折読み返したいと思うのであれば、電子化してしまえばいい。(実際は、電子化したことに満足して2度と読まないのだが。)
勿体無いと思うかも知れないが、それは単なる収集癖だ。これが、空間を圧迫しているのがほとんどであり、それに気付かずスペースが無いことを嘆くのが人間の心理だ。広い部屋に住み変えても同じくスペースを食い潰すだろう。捨てることを後悔するのではなく、捨てられないことを後悔すべきなのだ。


其の弐.ゴミを捨てる

よもやゴミを保管してはいまいだろうか。冷蔵庫の中を見てみよう。消費期限がすぎているものや、取り出したことのないものがあるではないか。貰い物だと捨てられない和菓子などはないだろうか。貰い物は気持ちを汲み取ればいいのである。少しだけ齧って廃棄しよう。
棚を見てみよう。封筒や便箋など、読み終えたら不要なものを保管してはいないだろうか。会員登録の情報などは、スマホで写メっておくだけでいいのである。

 

まろんの収納術

まろんは実家生活が長かったため、収納に気を使うことがほとんどなかった。しかし、独り立ちすると、そういうわけにもいかなくなる。初めはせっせこ、物を集めすぎないように気をつけていたが、生活必需品だけでもごまんとあるのだ。どう収納しようか悩んでいると、まろんの奥さんがDAISOで突っ張り棒を購入して来て、ちょっとした隙間でも物を釣ることができるようにしてくれた。まろんは今までは100円ショップに行くことが無かったので、この出来事には大変な感銘を受けた。そこからは100円ショップにハマることになる。

空間を平面と錯覚

色々と試行錯誤するうちに、収納のコツは高さを意識することだと気付いた。すなわち、空間を平面として見てしまっていることが問題だったのである。周りの収納棚に目を通すと多くの空間がある事がわかるはずだ。そこに積み上げるのではなく収納するのである。配送業者のトラックの荷台のごとくにだ。そのためのケースや土台は100円ショップで購入できる。これだけでも相当なスペースを確保可能だが、そこから一歩下がり、視線をフロア全体に集めると、逆マトリョーシカのように収納できる空間があることに気がつくはず。フロアもまた一つの箱なのだ。壁に吊るすこともできる。家具同士の隙間も、高さを意識すると空きスペースだらけだ。空間を制するものは収納を制するのである。

この意識を持ってもスペースがないというのは、単純に物が捨てられないだけである。

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まろんのラーメン道

まろんは自称ラーメンソムリエである。

会社の同僚に連れられて東京は神田の(今は無き)喜多方ラーメン坂内でチャーシュー麺を食べたことに感動したのが始まりだ。それまでは即席麺しか食べてこなかったので、衝撃は大きかった。次にコテコテの天下一品に連れて行ってもらい、ラーメンの奥深さを知ることになる。そこからは坂道を転がるように、ラーメンを食べて続けて来たところ、やがてはラーメンの写真とプレビューを見るだけで味の想像が付くようになった。誠にメタボな異能力である。ここでは、まろんのラーメン道をボヤくとしよう。

美味しいラーメンはどこ?

ラーメンソムリエのまろんは、よくこの質問を受ける。しかし、悲しきかな。まろんは決して答えることはない。何故なら、ラーメンは嗜好品であり、人によって味覚が異なるからだ。人には好き嫌いがある。ニンニクとショウガが苦手な人もいる。魚介を嫌いな人もいる。まろんの奥さんですら、その味覚を推し量ることは難しいのだ。仮に味噌ラーメンで美味しいところがあるかと聞かれても、「スープはアッサリ?コッテリ?味噌の種類は?具材は何を重点するの?チャーシューは豚バラ?それとも肩ロース?トンカツ乗せちゃうとこもあるけど?麺は?西山製麺?それとも浅草開化楼?」とスターバックスで呪文を唱えるかのごとく捲し立てたところで、外国人に道を尋ねられたかのような顔をされる。
よって、まろんの定規で推し図り薦めることは相手にとって失礼である。
強いて言うなら、料理が得意なお店なら答えることができる。ラーメンが抜群に上手くなくても、マスターが料理上手であるかはすぐに分かる。そういうお店は何を頼んでも大抵、美味い。

ただ、まろんからそんな話を聞くぐらいなら、食べログを見た方が情報量も多く正確であるが。。

売れるラーメンとは?

全ての人が満点を出すことはラーメンでなくとも不可能である。ラーメンで三つ星を出すのは容易ではない。となれば、平均点を取るか、特定の人に満点を出すかを選ばなくてはならない。ここで平均点を出すことにしたラーメンは世に言う売れるラーメンとなる。例えば、日高屋の中華そばや、喜多方坂内など、チェーン展開やフランチャイズ展開が盛んなラーメンだ。衝撃的に美味い訳ではないが、普通に誰が食べても美味い。費用対効果の高さも想像に難くない。まさに売れるラーメンだ。
逆に突出した人気を誇る最たる例はラーメン二郎だろう。その尖り具合から、万人受けはしないが、一部の人にはジロリアンという中毒者を生み出すほど至高である。どちらを好むかは人それぞれだが、若い時のまろんは、後者に当たる、私にだけ美味いと感じられるラーメンを探したいと思った。

 そこで、ラーメンデータベースhttps://ramendb.supleks.jp/というサイトを活用して未知なるラーメン開拓に胸を躍らせたものだ。これがラーメンソムリエとしての始まりなのであった。

そして卒業へ...

まろんは何年も掛けたラーメン行脚によって、醤油ラーメン、塩ラーメン、味噌ラーメン、豚骨醤油ラーメン、魚介系ラーメン(まろんは、豚骨ラーメンは基本食べない)などにおいて、(自分の中で)「これ以上美味い店はない」と確信できる店を見つけることができた。

一度、その領域の店を見つけてしまうと、新しい店を開拓しようとしても、その店舗以上の味は、まずありえないと考えてしまう。更に冒頭でも述べたが、写真とプレビューをみるだけで、ある程度の味が想像できるので、店に足を運ぶ必要も無くなってしまった。意気消沈だ。中には想像を絶する味に出会うこともあるだろうが、金銭もなければ時間もないのだ。

猫にも妥協が必要である。そうなると、「ずっと、その店で食べればいいじゃん!」と結論付けられたことで、新たにラーメンを開拓をする必要が無くなった。故に卒業である。

昔ほど頻繁に食べなくなったとはいえ、時折食べることがある。そんなときに、店に入る前に味が分かる異能力はかなり役に立つ。

どんな道でも、ある程度突き詰めてみるのは面白い発見があるものだ。

 ちなみに、ラーメンソムリエと名付けてくれたのはユーモア溢れる同僚である。そのセンスには脱帽である。改めて感謝の意を表したい。

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まろんがSNSを見限ったワケ

SNSとの出会い

昔のことであるが、某SNSが活動し始めたとき、まろんにも得難い友人からのフレンド招待がやって来た。

SNSでは友達からの招待がないと、ログインして利用することができなかったのだ。

どんなものかと、早速、ログインしてみると、周りは知らない人ばかりであるため(当然だが)、みんなの日常を公開し、触れてもらうことに注力しているようだった。

確かに、SNS上で一人ぼっちのときに出来ることといえば、友達を作ることから始めるしかないのだろう。

趣味が合ったり興味が湧いた人のブログの記事を開き、コメントを残していく。

すると、コメントを残した人が気になってブログを覗きにいく。そしてコメントのお返しをする。

そうすることで、徐々にではあるが、村社会が出来上がっていくのだ。そう、SNSは小さなコミュニティの集合体となっていた。

まろんは、そこから形成されたコミュニティに、ある種の違和感を感じることになる。

SNSのオトモダチ

ブログの中身は実にたわいもない。

レストランでの食事の感想や遊びに行った感想。愚痴。失敗談。よくある景色だ。しかし、人が集まるにつれてコミュニティは斜め上に舵をとりだす。

例えば、「遊んでて勉強できなかった!」という記事が出る。

これがリアルの友人であれば「お前、計画性なさすぎ。先にやってから遊べよ」とでもなるが、SNSのオトモダチはそうはならない。

「遊んでる方が楽しいよね。今度は頑張って!」になる。すると、周りがその意見に同調していく。

それもそうだ。

SNSのオトモダチは友達ではない。

彼の失敗など知ったことではないし、彼の将来を案じる必要性もない。無責任な立場から言えることといえば、現在の関係性を保つために「肯定」する。

 一縷の正義

エスカレートしても状況は変わらない。

「オーダーと違う注文が出てきたから、店員に土下座させて、外の看板蹴り倒してきた!」といった記事が出たとしても、コミュニティで交わされる会話は「いいね」である。

「そもそも、お店が間違えるのが悪い!怒っていい!」とでも言って、そのコミュニティを維持しようとするために、文脈から読み取れる一縷の正義を振りかざす。

実際は注文を2点3点させてたり、伝えた気になっていただけかもしれないが、そんな事まで気を回す必要がないし、気にすることもない。

「肯定」してはいけないのは、自分の発言がトリガーになりそうな時ぐらいである。

例えば、土下座させるのは強要罪で、看板の蹴り倒しは器物損壊罪に抵触する恐れがあるが、これを「いいね」すると、コミュニティ内に存在する「ある種の境界」を越えたときに、逆に自分が叩かれたり、コミュニティで孤立する恐れがある。

しかし、無意識にでもその境界を見定め、当たり障りのない物言いに変えることは難しくない。

勘違い

まろんSNSを見限ったのは、この手の擁護を勘違いして受け取っている友人が大変多かったからである。失敗しても許される。擁護される。これを、親身になって言ってくれているのだと錯覚し、自分がコミュニティ障害を患っていることに気がつかないのだ。自身の成長が停滞していることに目を瞑り、傷の舐め合いを演じ続ける。そして、ズルズルと深みにはまり、抜け出せなくなっていく。

見ているのも見られているのも嫌になり、まろんSNSを止めた。

SNSの本当の使い方

これはシンプルで、SNSのオトモダチと友人になればいい。もちろん、パソコンを閉じたオフでの話だ。SNSはリアルな友人を見つけて交流を図るための、有意義なコミュニティツールなのだ。決して、インターネットが日常のオタクが、自分の居場所を築くためのツールではない。

その点、フェイスブックは良くできている。

顔や氏名を公開し、最初からリアルの友人でコミュニティを形成する。1から自分を取り繕う必要は無くなった。あとは同じ趣味のものを遊びに誘ってみるだけだ。

ちなみに、まろんはインドア派なのでSNSは不要である。

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まろんは食べることが好きである

まろんは食べることが好きである。

好き嫌いが多いし、食通でもない。

ただ、美味しいご飯を食べれればそれでいいのである。何度、同じメニューを食べてもいい。

食事は幸せになれるひとときなのだ。

楽しめない食事はしたくない。

まろんはそこにこだわりを持つ。

何がまろんを掻き立てるのかといえば、 食事を楽しむことのできる回数は人生に限りがあると意識してからである。人間は1日に三食、基本的に摂取できる食事の量は決まっている。

更にいえば、美味しく食事を頂くには、適度な空腹感も必要だ。

こうすると、人生の中で食事を嗜むことのできる回数は決まっているのである。

故に、この一回がカップラーメンなどの軽食で潰してしまっては勿体がないと考える。

(無論、カップ麺を責めている訳ではない)

しかし、外食で全てを賄うのは現実的ではないし、口に合わない料理を注文するときもある。

それを避けるためにまろんが考えたのは、「なら自分で作れば良い」である。

まろんによる、まろんのための食事を作れば良いのだ。

まずは食材を買いに出かける。

何が新鮮な食材であるかを地元のスーパーで見て回る。次に、胃袋に何が食べたいかを問いかける。お腹との折り合いをつけたら、家に買って帰る。

家に帰ったら、本物のまろんに餌を与えてお腹を撫で回し、今度は自分の食事作りに入る。

クックパッドなどのレシピは見ない。

自分の胃袋に問いかけるのだ。

調理する。

味付けをする。

まろん好みのコショウマシマシの味濃いめ。

食す。

美味い。

幸せ。

次作る時は、白ワインを隠し味に入れてみようか。

毎食がカスタマイズ。

にんまりする。

ただ、まろんの奥さんが食べる時はナチュラルな味付けにするように心掛けている。

その時だけは、自分勝手なまろんから、コックまろんになるのだ。

 

こうして、明日も1日頑張るのである。

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まろんが教える RE:ラジオ体操から始めるパートナー探し

退屈なルーチン

まろんが勤めている会社には朝礼としてラジオ体操がある。

創設以来実施しているものの、働き方改革を打ち出している昨今では、時代遅れ感は否めないし、ダラダラやっていても、誰にも咎められない。罵声を飛ばす人は定年退職でいなくなってしまった。

毎朝決まった時刻に始まり、寝ぼけた頭で行わなければならないラジオ体操は、結構にシンドイく、えらく退屈だ。

ラジオ体操の合間に退屈凌ぎでできることとすれば、周りで一緒に体操している同僚を眺めることぐらいだが、そうするうちに、いくつかの傾向が見えてきた。

そこから、理想の奥さんや旦那さんを探してみる。

 

死に物狂いでやっちゃう派

軍隊のように規律正しく一片の歪みもなく、ラジオ体操を完璧にこなしてしまう人がいる。

全体の1割以下ぐらい。

仕事ができるかはさておき、性格はとても几帳面で真面目な方が多いのだろう。

逆に言えば芯を持っており、ちっとやそっとじゃ、折れないタイプだ。

手を抜いていいと言っても手を抜かず、面倒なだから止めようといっても辞めない。

家庭に置き換えれば、一度ルールブックを決めたら頑として譲らない。リードしてもらいたい人にはうってつけではなかろうか。

 

適度に頑張っちゃう派

戦闘マシーンのように頑張っちゃうわけでもなく、かといって手を抜くわけでもない派。

全体の8割ぐらいはいる。ほとんどがコレだ。

何においても融通が利く人が多い。

流される側面を持ちつつも、和を乱したくない、どっち付かずのタイプである。普通すぎるので、書くこともない。まろんもこの中に属している。

 

ダラダラやっちゃう派

トドのつまり、これが書きたかっただけなのだが、残りの層はとにかくやらされてる感、満載でラジオ体操をしちゃう派である。

圧倒的に若手のOLが多い。というか、職場では若手のOLしか見かけないので、ここでは彼女と仮置きする。

彼女たちは、カラダを捻る時においても腰ではなく上半身のみを捻るようにする。

前屈においても筋肉は使わず、に重力に任せて体を寝かしてくる。

腕を回すときには、肩の関節は重いため、ひじの関節を回し込んでくる。

ジャンプや屈伸は勿論しない。

とにかくエネルギー効率に重点を置き、自分が「気が乗らない」ものは「徹底的に手を抜いてくる」。

そこから形成されるものは、もはやラジオ体操の原型をとどめておらず、端から見ると"パラパラ"である。

ここで蓄積したエネルギーは、アフターファイブに回される。

 

博打

ダラダラやっちゃうタイプを見て危機感を感じたのは、彼女たちが家庭に入った時の姿を想像したからである。

家事は毎日やらなくてはならず、且つ、退屈なもので、ラジオ体操と通ずるものがある。

この事態に直面した時に彼女たちが無意識に考えるのは、当然「どこで手を抜くか」である。 

「料理を作るのが好き!」な彼女であれば、充填したエネルギーを全て放出し、一流レストラン顔負けのディナーが登場するだろうが、エネルギーを使い果たしてしまった彼女のために、食後の皿洗いは貴方が受け持ったほうがいい。食事した後に、今日の掃除やってくれた?と聞けば「こんなに頑張ったのに掃除までやらせる気!?」と、大爆発するかもしれない。

 

これは結婚する上で、大変な博打でもある。

何をキチンとしてくれるのかが、結婚するまで分からない。肝心の「育児」がそれに当てはまるかは、出たとこ勝負である。

そんなタイプと平穏に過ごすには、彼女たちが頑張ってくれたところは最高に褒め称え、彼女がやらないところは全て自分で補えばいい。

貴方のフォローと噛み合えば薔薇色の人生が送れることだろう。

 

最後に

気になる人がいる方は、ラジオ体操を一緒にやってみるといい。

なんなら、彼女のラジオ体操姿を想像してみるだけでもいい。

 重要なのは、退屈で毎日しなければならないものを、どのようにこなしているのか。これが類似するルーチンに合間見えたときに出る行動指針である。

これを見極めることは、貴方のパートナー探しに一つの役に立つかもしれない。

 

以上。駄文。

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まろんが考察するマギメモはウィズに何故勝てなかったのか

 はじめに

クイズRPGの代表格として「魔法使いと黒猫のウィズ」がある。

2016年、これに追随する形でマギメモがリリースされた。

独擅場にあるウィズの対抗馬として期待していたが、ストアのランキングを見ても残念な結果に終わっている。

マギメモは「魔法使いと黒猫のウィズ」に勝てなかったのだろうか?

 

オマージュ

マギメモの創立理由は知る由もないが、ウィズをオマージュしたといっても過言ではないだろう。

クイズRPGという土台ありきではシステム面の幅は転換し難いとは言え、マギメモにはウィズに類似する点が多く存在する。

その上で、

  • ウィズで不満の多いパネル事故の解消
  • アバターコンテンツの投入
  • 2人協力プレイのベース化
  • ○×形式のクイズ問題の追加
  • 射幸心を煽る魅力的なガチャパターン
  • アイテム類にも課金できる要素の追加
  • マナとプリズムによる紙幣価値の差別化

 などなど、魅力がてんこ盛りである。課金要素もバツグン。スクエニの看板もついて、これがヒットしない(売れない)はずがないとディレクターは高を括ったはずだ。

 

ゲーム性

マギメモはウィズに比べてゲーム性が低い。

これは、オマージュする際に不要と判断したパネルシステムの投棄と抱き合わせて、ゲーム性も焼却場に投げ入れてしまったことにある。

クイズを解いても攻撃できない理不尽なパネル事故を排除し、AS(アンサースキル)の代わりにクイズの難易度で敵へのダメージが向上するなど、元来のクイズ性を追求した結果、肝心なゲーム性である戦術(タクティクス)を放棄してしまった。

そのため、ウィズユーザーがプレイした場合に、退屈に感じるだろう。 

しかし、過ぎたゲーム性はユーザー層がヘビー化するため、マギメモは純粋にクイズそのものに重点を当て、ゲームのライトユーザーをターゲットにしたものと考える。

 

ユーザーはクイズを求めていない

クイズゲームアーキテクチャに選ぶというのは実に男気ある選択と言える。

老若男女によって知識層が異なるのだから、そこにターゲットを合わせるのは至難である。特定のターゲットを層にしたとしても、学力に偏差があるのだから解決にはならない。

平たく言えば、オツムがお利口なユーザーをターゲットに合わせれば、オツムが残念なユーザーは問題が解けず、ゲームとして成り立たない。

どんなに賢い人でも全てのジャンルに精通して解答し続けるのは不可能であり、クイズに間違えることは大変なストレスを生む。

クイズにエキサイトして、その道を追及できるのは一部のユーザーであり、一般の、ましてや片手間に遊ぼうとするソシャゲユーザーは本格的なクイズなど求めていないのだ。

ユーザーがクイズを求めていないとしたら、クイズ性に特化させたマギメモは必然として的を外したことになる。

 

「魔法使いと黒猫のウィズ」はクイズゲームではない

それでは、先駆者はなぜクイズRPGの殿堂に君臨しているのか。答えはシンプルで、ウィズはクイズゲームと見せてクイズをしていない。

ウィズがクイズをしているのは複色パネル(高難易度問題)くらいであり、ゲームに登場する多くの単色パネル(低難易度)は、謎解き問題である。

通常のクイズ形式では四択から選択するが、ユーザーは答えを知っている必要はなく、解答を問題の消去法で選ぶことができる。

 

ウィズの実例になるが

【問題】

次のうち、冬季オリンピックを開催したことがない国はどこ?

【選択肢】
日本
ロシア
メキシコ ○
イタリア

これはオリンピックの開催場所を説いているのではなく、冬季を説いている問題である。

よって、メキシコを消去法で選ぶことができる。つまり、ユーザーはメキシコが冬季オリンピックを開催したことがないのを知っているのではなく、開催されるとは考えにくいで解答を選んでいるのだ。

 

これの選択肢が

  1. スイス
  2. ユーゴスラビア
  3. ノルウェー
  4. スウェーデン

になるだけで大惨事になる。

マギメモはこの大惨事を平然とやってのけてしまう。

 単色パネルでも稀にクイズ問題がでることがあるが、「信号機に無い色は?」といった、誰にでも解けるレベルに設定している。

正答率90パーセントの問題は、90パーセントの人間が知っているわけではないのだ。

この絶妙な正答率操作が、ウィズの根幹を支えている。

数年前までは大量に発生した複色パネルの出現率も大幅に低下させ、近年では殆どが単色パネルとなっている。すなわち、ウィズは脱クイズゲームを図っていたのだ。

 

詰将棋

では、脱クイズゲームの行く末として、ウィズどこへ向かっているのか?

これは先日のニコ生でプロデューサーのうがぴよ氏が「詰将棋」化していると断言している。

当初はクイズをしていたウィズも近年では大きく方向性を変えてきてた。


連続正解数によるチェインが攻略の前提となり、キャラクターの差別化を図るため、特殊なスキルを持たせると攻略が容易になる「対策精霊」を充実させてきた結果、ユーザーは「如何にしてクイズを答えずにクリアするか」にシフトしてしまっている。

 

最近発生したウィズのSOKイベントでは、新しいクイズ形式(ファイブボンバー)においても、

如何にして解答するか → 解答せず意図的に間違えて攻略する → そもそもファイブボンバーすら出さずにクリア に変化していったことからも伺える。

「もっと早く、もっと楽に」はリビドーを生むため、「お金設け」としては好ましい流れではあるが、開発陣が意図した流れであったかは少々疑問だ。
詰将棋に近づけば近づくほど、解答をミスしたときの落差は大きくなる。
現にウィズは一問間違えただけで、最初からやり直しは当たり前になってきており、一歩離れて見てみれば、クイズゲームとして既に異常である。
その点、マギメモはチェインの考え方がないため、建て直しは可能であり、立派にクイズしている。 

 

○×クイズ

マギメモの○×クイズ形式は難易度コントロールに四苦八苦している。難易度が高い問題が簡単であったり、その逆もある。冒頭でも述べてきたが、これは当然だ。ましてや○×形式では目隠しでも正答率が5割となり、適正難易度を図り最適化することは難しい。

ウィズに○×問題がないのは、思いつかなかったからではなく、敢えてやらなかっただけだろう。クイズをしたくないウィズが避けるのは道理である。

 

最近ではマギメモを意識したらしく、ウィズも○×形式を逆輸入したが、クイズ本編とは切り離し、且つ、問題のレベルを前述したものと同じに設定した。一定時間内に三問連続で○×を解答する要素を設けることで、適度な焦りと遊び心を加えており、開発元のコロプラは「ゲームを作る」のが実に卓越しているのが分かる。

 

マギメモはウィズに何故勝てなかったのか

結論として、

マギメモはクイズRPG

ウィズは詰将棋RPG。(クイズ味)

 

マギメモとウィズは同じ土俵で勝負などしていなかったのだ。

勝ち負けなど存在しない。別物だ。


本題を否定してしまったからには、早々に風呂敷を畳むことにする。

 

両社、今後益々の発展と活躍に期待したい。

 

ただ一つ懸念があるとすれば、「このままでは、船が沈没する!」と乗り捨てた船に、装飾に釣られて乗り込んでしまったマギメモクルーの行末である。

新大陸発見を発見する航海になればよいのだが...

 

以上、駄文。

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