違法漫画サイトの利用についてボヤく

昨今、漫画をスキャニングアップロードしインターネットで見れるようにしているサイトが問題になっている。

海外サーバーを利用して違法な運営をすることは今に始まった事ではなく、ウェアーズサイトとして20年以上闇の歴史がある。しかし、バツが悪いのはスマートフォンが普及されたことに加えて、対象が漫画ということで、昔から違法コピーされ続けているパソコンソフトなどよりも、ニーズが大きいことと、若年層のアクセスが集中してしまっている。

これに対して、「インターネットは無断で見ることは違法だ。」ということに対して、「海外サーバーなので違法ではない。」「お金を払ってみるなんて馬鹿のやること。」などの反発の応酬になっている。

正確なデータが何一つ無い状態では全て仮定でしかないが、特に子供の反発が多いように見える。

さて、こういう状況では何が物事の本質であろうか。有償の漫画をインターネットで無料で閲覧することの損失を理解できない子供の問題であろうか?

いや、違う。子供が何をしてはならない(国益を害する)ことを理解することは無理なのだ。故に、補導なのであり、保護者が必要なのである。

子供に対して何が正しいかを力説する大人は、その子の保護者ではない。やってることは、知らないおじさんやおばさんが一方的に怒鳴っている。我々が老害と呼ぶ、その姿そのものであることを知るべきだ。

子供が正義と信じてることは、面と向かい合って真正面から話しても伝わらないことが多いところを、ましてや、匿名性を保ったまま上から伝えようとしても時間の無駄である。

今回のような事象を巻き起こしてきたのは、間違いなく大人なのである。

技術を促進させ、経済を動かし、法整備や対策が後手に回ってしまった結果である。ドローンのように問題が深刻化してから対策を始めるのだ。 

今回のように海外拠点を使っているのであれば、中国のようにグレートファイアウォールで自由を犠牲にするか、または外交手段で解決すべきであり、それができるのは政府だ。これが動かないうちは、国内損失よりも海外へ借りを作る方が大きいと判断しているか、認知できていないからである。子供の無知を叩く前にやらなければならないことは、他にも沢山ありそうである。

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まろんがディズニーランドのペアチケットの当選方法をボヤく

まろんはCokeOnアプリを愛用している。

コカ・コーラ社が運営するIOTサービスの一環で、自販機でジュースを買うと様々な特典を得ることができるサービスだ。

ある日、CokeOnアプリの案内を見ていたらディズニーランドのペアチケットのプレゼント企画を始めたようだった。どうやら、招待者限定のイベントをやるそうだ。

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このチケットを奥様にプレゼントして喜んでもらわなければと、この当選を全力で当てることを決意した。まろんは関係者ではないので仮説に過ぎないが、今回の抽選は当てる自信があった。その方法をボヤくとする。

当選するロジック

CokeOnはコカ・コーラ社のアプリである。ディズニーランドはオリエンタルランド社の所有である。ディズニーランドの無料ペアチケットをコカ・コーラ社内で配信するということは、すなわち業務提携しているということである。

以下、二社における条件の提示である。

株式会社オリエンタルランド

  • プレゼント当選者数は500名(ペア1000名様) 
  • お一人様一回までの当選。
  • 応募期間は1月8日から3月4日まで。

日本コカ・コーラ株式会社

  • スマホから対象商品を6本購入する毎に、一回の抽選権利が与えられる。

この二つの条件は水と油のようなものだ。裏で会社間のリベートは発生しているだろうが、互いの条件には口が挟めない。すなわち、抽選させるのはコカ・コーラ社であり、これには融通が効かないと考えることができる。

抽選させる会社の都合

コカ・コーラからしてみると、目的はディズニーランドペアチケットを出汁にして販売の促進を掛けることにある。事実、効果は覿面であろう。しかし、一つ着目しなくてはならないのは、コカ・コーラ社からすると、ディズニーランドペアチケットを、誰が当てようと「どうでもいい」ことなのだ。ただ、ひたすらにオリエンタルランド社からの要求に対してフェアであり続けることである。

要求に対してフェアとは何か?

オリエンタルランド社はコカ・コーラ社に抽選を委託しているが、同時に条件を提示している。これは、我々ユーザーと同じ条件である。

  1. プレゼント当選者数は500名(ペア1000名様) すなわち、500名以上当選させることはご法度である。しかし、同時に500名未満にするべからずである。オリエンタルランド社は広告効果を狙って打っているので、一定数は当てさせる必要があるのだ。
  2. 「お一人様一回まで。」これも、より多くの人に来てもらいたいためである。重要ではないので省略。
  3. 応募期間は1月8日から3月4日まで。ここが一番重要だが、期間の最終日であっても当選のチャンスは与えよ。とオリエンタルランド社の指示である。広告周知には時間がかかるため、猶予は設けるべきだ。

これの要求を満たすことがフェアである。しかし、これにコカ・コーラ社の都合が重なると、ホツレが生じる。

抜け穴

スマホから対象商品を6本購入する毎に、一回の抽選権利が与えられる。この抽選はその場で行われ、その場で結果が分かる。外れれば、また6本購入すれば抽選が可能となる。コカ・コーラ社からすれば早い段階から餌をぶら下げて販促させるために、このような形式を取ってしまったが、これが致命的。まろんが突くことのできる隙となった。

考えてもらいたい。即日、抽選が行われるのであれば、イベント開始の初日に500名当選してしまうことがありえるということを。これは、抽選期間を3月4日までとしている条件に、反する行為であり、許されないことなのだ。ましてや、twitterSNSなどが、ある昨今、すぐに露見してしまうだろう。

抽選システムの設計

これはコカ・コーラ社も当然把握している。そうなれば、抽選システムとして取る手段は一つしかない。それは、「1日の当選者数を制限する」ことだ。

1日に数名分の当たりくじを入れており、スマホから抽選を行いくじを引かせる。予定していた当たりくじがなくなったら、その日はどんなに抽選をしてもあたらない。逆に言えば、プレゼント企画開始当初は応募人数が多いため、当たる確率が低い。

抽選システムの難所

ここで、抽選システムの難所がある。それは、応募者数が少なかったり、運が悪い人ばかりで1日に用意した当たりくじが浮いてしまった場合だ。これはもう翌日以降にシフトするしかない。何故ならば、最終日までに500名は当選させなければならないのだ。応募者数が少ない、または運が悪いということで、当選者が100人だけになりました。とは、コカ・コーラ社はオリエンタルランド社に申し開きすることなどできないのである。応募者数が減少する抽選期間の最終日は、500名に到達させるだけの当たりくじがシフトされる可能性は間違いない。

ペアチケットを全力で当てる

すなわち、プレゼント企画最終日は帳尻合わせのための当たりくじが数多く残っており、且つ、その当たりくじを、誰かが引き終わる前までに抽選する。平たくいうと当選期間の最終日に日付が変わった瞬間、00時00分に引き始まれば最も当たる確率が高い。

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計画通り。

 

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男女の争いについてボヤく

まろんはオスである。

去勢するまでは明確に判断できる材料があったが、いまとなってもオスであるとともに、「まろん」という個である。

近頃、男女の争いがネットの世界では目立つようだ。

 例えば

など、女性の訴えを男性が非難する図式だ。

どちらも性的被害によるものが起因となっており、看過できないものだ。なのに、なぜ衝突が発生するのか?

理由は簡単で「男女に区分け」して境界線を引くからである。

僅かな犯罪者と予備軍をピックアップするために、集合体を大きくしすぎるため、大きな反発を生む。もし、「人間」を集合体とした場合は、それを提唱する1人対人類 の図式になるため、争いにならないだろう。

しかし、「男女」となると話は別である。比率からして、1対1の集合体に、二分する考え方だ。そこに属する集合体の大部分が反発を生むのは必然と言える。

それを十把一絡げにして「良し」とするのは、少々乱暴だ。

 

ここで、先ほどのリンク先を一部引用する。

「男性すべてが性犯罪者というわけではない」その主張には同意するまでもなく当たり前のことだ。そもそも男性すべてを性犯罪者扱いなどしていない。

ただ見分けがつかないのだ。毒のあるフグと毒のないフグは一般人には見分けられない為にフグの肝臓の販売は一律して禁止されているだろう。それは無害な毒をもつフグに対する差別か?いや違う。

見分けがつかないからこそ、被害に遭わないためにはすべてのフグに毒があるかもしれないと仮定しないと自衛すらままならないのである。

このように差別をしたいわけではないことが分かる。集合を抽象化してしまったために、一部の男がプライドを刺激され、論点をずらして反論してくる始末になってしまったが、これに噛み付き合うのは本末転倒である。

しかし、このように1人で解決できない問題にこそ、多くの人の考えが必要であり、その先に議論がある。互いの共通する問題の解決案にこそ、意見を募る事が有効だ。集合体の定義の在り方に力を使うのではなく、どのようにして問題を発生させなくするかを、現実的なラインで話し合い落とし込む。その結果を民主主義で決めれば良い。男と女の世界を分ける実現し辛い案から攻めるのではなく、実現し易く効果的なことを一つずつ対話して進めてはどうか。

語っておいて何の提案もしないことはできないので、いくつかブレストしてみる。

前提として、個に対して問題を発生させる前から制限を掛けたり裁くことはしない方針とする。(デスノートが必要になる)

とすると「抑止」で考える。更に、コストとプライバシーは度外視とする。

  1. 「隔離」する。人の間隔を1mはあけるようにする仕組みを考える。専用車両が気に入らないなら、全員が個室にして鍵をかけられるようにする。(高級夜行バスみたいな)。他、全席指定席とか。
  2. 「監視」する。あらゆる所に監視カメラと捜査員を張り込ませ威圧する。他の案との併用が効果的。
  3. 「制限」する。過去の犯罪歴に応じて、乗車不可であったり、一部への接近を禁止する。(海外だと性犯罪者は位置確認や外部から判断できるマークがつくんだっけ?)
  4. 「ペナルティ」を増やす。性犯罪者の刑罰を重罰化する。
  5. 電車を廃止し、動く歩道とする。

こう考えると、隔離するのは手軽で良い。次点はペナルティの増加であろう。危険運転致死法のように時代を見て新たに制定するのが、まろん的にオススメ。

決着しない男女の争いに目を向けるのではなく、同じ志を持つ「個」として協力し、一つの目的を達成するために前に進んではどうだろうか。民主主義では、男性側の票も取り入れれば、目的達成には大きく前進するのだ。

声を集める。まとめる。署名を集めて提出する、選挙では本件を主張する人に投票するといった、どこからでも歩き始めることはできるのである。まろんは一匹の個として同調する。

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ゲームはスポーツなのか?

まろんは比較的ゲームが得意である。

昔と違ってオンラインが定着して来たことで、家庭内で閉じこもっていたコミュニティが飛躍的に拡大した。実に進歩して来たと感じる。

丁度、NHKの番組でもゲームが取り上げていて、「ゲームはeスポーツである。コミュニティは1億人を超える。将来的にはオリンピック競技に申請したい。」といった動きがあるそうなのだが、一方でゲームはスポーツなのか?という反発がある模様。一般には受け入れがたいことのようだ。

しかし、一つ待って欲しい。

ゲームをスポーツにカテゴライズすることが目的なのか?

スポーツは総称だ。

テニス、卓球、柔道、野球といった、特定のルールの元に競い合う行為の総称がスポーツなのであり、これにゲームを加えることは成り立たない。

何故なら、ゲームもまた総称であるからだ。ゲームはeスポーツだ!と語る前に、会話のレイヤーが異なることに気がつくべきで、ゲームを個々のタイトル(ストリートファイターギルティギア、鉄拳...)までレイヤーを落とさなければ会話として成り立たないのである。

これらのゲームタイトルをスポーツに加えるかどうかで議論するなら話はわかるが、それも現実的ではない。

何故なら、ゲームタイトルの寿命は限りなく短いのである。

ストリートファイター4と、ストリートファイター5は、異なるゲームである。これを一つで括ることは横暴である。全てが同じルール条件下に置かれることが重要で、バージョンやタイトルでも、それが変われば同じ競技とは見なすべきではない。パッチが当たっただけでも、同じ競技として認めてはならず、ワールドレコードという概念も吹き飛ぶのだ。

そして、各ゲームタイトルの人口をみれば、一つ一つはとても小さい。「ゲームの総人口1億人」と言い放つことは、スポーツ総人工ウン十億と、大見得を切ることと同じくらい不毛である。

よって、オリンピック競技にゲームでもeスポーツでも呼称はなんでもいいが、そのジャンルが入ることは未来永劫にして、ありえない。

オリンピック競技にストリートファイター5が入ることは検討できるかもしれないが、子供の世代まで同じゲームをし続ける競技になり得るかというと、そんなことはない。そもそも、ゲームのタイトルが特定の企業利益に繋がってしまうのだから、更にあり得ない。

新しいナンバリングタイトルが出る度に、コミュニティが大きく変動するのだから、ハナから破綻している。

ゲームの1タイトルと、1スポーツ競技には、その根底の精神に大きな隔たりがあることを理解しなくてはならない。

本題に戻るが、ゲームがスポーツであることを議論することは、どうでもいい。それを浸透させ定義を変える労力は、全くもって見合わない。

しかし、ゲームをスポーツという括りにするという「手段」をとることで、裏の「目的」を達成させようとする存在がいることは、認識すべきだ。

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田村ゆかりさんへ贈る言葉

まろんが、twitterを見ていると、田村ゆかりさんの悲痛な叫び声が、時折、聞こえてくる。

彼女は人気声優であり、半ばアイドル化していて、王国民と呼ばれるファンによって支えられているが、現実には辛い日々が多いようなのである。

最近では、このようなツイートをしている。

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 これらに対するリツイートを見て、まろんは気の毒に思う。彼女のことを想ってくれる人などいないのだ。

  • ファンが支えていますよ!
  • twitterでもいいから吐き出してください!
  • 「自分の代わりはいる」は応援してる人を貶めてますよ!
  • 一人で背追い込まないで!

実に見ていられない。

人間とは、これ程までに、身勝手になれるものなのか。

心から頼れる人がいたら、そもそもtwitterで悲鳴などあげない。居ないものを王国民は一方的に相手に求め、いままで通りのアイドルとして、私たちを喜ばせろと言う。

声優の「田村ゆかり」としてしか、誰も見てくれていない。一人の女性としての「田村ゆかり」を気遣ってくれる人はいないである。

それも当然だ。コメントを寄せるフォローワーは王国民だからである。まろんは王国民ではないので、客観的に見ているが、「誰も彼もが、彼女のためと言いつつ、自分ため」の意見でしかない。なんだかんだで頑張って、いままで通り、声と歌を聴かせろ。自身の依存症を保つために、彼女を利用している人ばかりなのだ。

彼女が辟易してるのが手にとって見えるのである。

頑張ってください!ほど失礼なものはない。もう十分すぎるほど、頑張っている。長すぎるほど頑張っている。息継ぎなしで、どこまで走らせるつもりなのか?

それでも責任感で投げ出す事ができずに、押しつぶされている。

まろんが、彼女に言葉を贈るとしたら、こう伝えたい。

「人のために生きるのは疲れたでしょう。貴方の代わりとなり、象徴になってくれる人は他にもいるのです。貴方は自分がしたいように生きて良いのですよ。誰かに嫌われたり、惜しまれる事があっても、それはその人の問題であり、貴方が責任を持つ必要はないのです。」

 

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眞子さまの結婚延期についてボヤく

一昔前は、家同士で縁組を行うこともあったし、意向に反することがあれば駆け落ちするようなこともあったかもしれない。まろんは公人ではないので、自分の意思で相手を選ぶことができるが、残念ながら、そうでない方もいる。

延期の理由

当然ながら、小室氏の現状のステータスに起因していると考えるべきである。

それは眞子さまのお言葉から伺うことができる。

眞子さまは「予定を大幅に変更することは、私たちの結婚に快く協力してくださっている方々に多大なご迷惑とさらなるご負担をおかけすることとなり、大変申し訳なく思っております」とも記した。

まともな状況なら祝い事である結婚に対して「快く」という単語は出ない。

現在、お二人はバッシングの最中にある。

状況が改善しない限り結婚は許さないための延期である。

 

結婚に反対しているのは誰か

宮内庁(民意)以外にありえないだろう。

親族は「(人柄が)いい人が見つかってよかったね。」でしかなく、会見までさせてしまった程だ。民意や品格を守るために、いまさら反対するのは宮内庁しかいない。

宮内庁は「報道とは無関係です」と公開しているが、ここで関係がありますと言えば、無能極まりない。

 

宮内庁が仕事をしていない

「報道があったから意思が変わられたということではない。ご結婚の意思は変わりないと承っている。報道による延期ではない」と話し、否定した。

恋は盲目でもある。今のことしか見えていない状態にあるだろう。結婚を誓い合った二人は、よほどのことがない限り、結婚の意思を変えるわけはない。報道程度の内容では、二人の想いはむしろ燃え上がり、強まるぐらいである。

しかし、他人事のように、お二人の意思に変わりはないと言い放つ宮内庁には、苛立ちを感じる。

そもそも、宮内庁が最終的に反対するのであれば、なぜ、お付き合いし始めるときに、十分な身辺調査をしておかないのか。その段階で、条件付きであることの合意をえておくべきである。

今回の出来事は、宮内庁の怠慢に他ならない。

 

絶対に阻止しなければならないこと

取り立てて二つあると考える。

  1. 品位損なうこと。歴史に汚点を残すようなことがあってはならない。例えば、天皇が政権を握っている我が国で、刑法に抵触する恐れが機会が身辺も含めて発生する恐れがある。または、外交問題に発展するなどは、最悪のケースだ。
  2. 税金の流出を防ぐこと。今回の結婚で特別計上する1億5000万円の出所は税金であり、これを「使い込まれました。」「借金の返済に当てました。」ではすまない。もっとすまないのは、浪費癖がはげしく「生活が成り立たないので、お金をください」と眞子さまが言い出すことだ。税金が絶え間なく流出し、豪遊されでもしたら、あらゆる所が崩壊してしまう。

結婚は破断になるのか

宮内庁の条件をクリアできるかによる。課題とは、この延期期間が2年と長い。天皇退位までの期間が十分に開けられないことと、水を差すことができないことから、半年以上は時間がかかる条件なのだろう。ふた通り想像できる。

 

  1. 条件がクリア可能である場合。例えば、社会人として自立する。将来設計が磐石であることを周りを納得させ、眞子さまを養うことができることを証明する。周りの揉め事を解消しておく。宮内庁の発表通り、文字通り、準備期間と捉えるならである。
  2. 条件がクリア不可能である、すなわち、彼の生い立ちが相応しくない場合。これは既に破断しており、眞子さまの説得のために時間が必要であるのと、会見を済ませた後に、はい、無くなりましたとは言えないため、ほとぼりが冷めるてから発表させるのを待つ。

 なんにしても、眞子さまは26歳である。更に2年も費やして破断になれば、気の毒な話だ。

 

最後に

好きで生まれたわけでもなく、そこから抜けることもできない。誰かに操られた人生を進んでいる。自分で結婚相手を決めることもできない。そういった意味では、歴史上の姫君と、なんら大差はないのだ。しかし、放任しておきながら、最後に締め付けることだけは、どんな事であれ、してはならないのだと、まろんは猫ながらにして思うのである。

 

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物事を一つの断面から判断してはならない

まろんは猫であるがゆえに、裏表がない。餌をもらう時の振る舞いや鳴き声も常にストレートである。

しかし、人間殿はそう簡単ではないらしい。

 

「そんな人とは思わなかった!」という言葉がある。Twitterなどを見ていると、「自分の理想像を押し付けている!」「一方的な期待をしておいて、その言い草はなんだ!」という意見もチラホラでており、一部の同調を得ているかのようにもみえるが、しかし、物事はそんなに単純ではない。相手が、巧みに持ち上げ、騙しているなど、不実から出てくることも、当然ながらにあるのだ。

 

本当に怖いのは、言葉の断片を切り取って、さも核心を突いたかのように得意気に振る舞い、同調を得ようとする行為そのものである。

 

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