選挙

まろんも一国民である。

近々、衆議院総選挙であるようだ。

ある日の通勤ラッシュ時間帯。某JRの乗り換え口に、とある政党の立候補者が最後のご挨拶に〜!と言う感じで挨拶していたが、残念ながら、JR乗り換え口なんぞを通る人間は、この地区の選挙権がないと思うのですが、如何か。

もう1つ、この季節にしては数十年ぶりの寒さと雨という気象条件の悪い時期に、旅行先から幾多もの重いカバンと荷物を背負い、傘を差し、体を引きずるように歩いているときに、目の前に立ちはだかり挨拶をしようとしてきた立候補者がいた。両手は塞がっており、止まるのもしんどい状況だ。こいつも、相手が誰かが見えおらず、手当たり次第に挨拶して回ってるだけの人間である。

一人一人の顔が見えていないのだ。地に足を付けなければ、未来は見えないだろうに。

まこと残念である。

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サービスの格差

まろんは乗用車を持ってないので、よく電車を使う。ある日、ちょっとしたイベントで荷物を多く持つことになったので、いつも外出に使うカバンを電車の網棚に乗せたのだが、降車するときにうっかりとカバンを電車内におき忘れてしまった。すぐに取りに行けない用事があったので、出先から電話で問い合わせることにした。

しかし、ひとつ問題が残る。まろんが乗車していた電車は他の電鉄に直接連結しているので、2つの会社をまたぐのだ。ここは両方に電話するしかないので、早速に電話して聞いてみる。

1社目 カバンの特徴を知らせる。特に届いていないので、また連絡してください。

で終わる。名前を聞かれることすらなかった。なんとも寂しい結果である。

2社目 カバンの特徴を知らせる。本人を特定できるものはないかと聞かれたので、免許証がカバンに入ってると伝える。名前を聞かれたので、答えると忘れ物リストから当事者の忘れ物がないか検索してもらえた。届いていないようなので、見つかり次第折り返すとのことで、連絡先を伝える。

...神対応である。

こうも格差があるものかと驚いた。サービスひとつ取っても顧客のことを考えて経営しているかわかる。交通機関の経営は受動的になりやすいにも関わらずである。

結果として、まろんのカバンはほどなくして折り返しの電話で「見つかりました」の連絡があり、無事に取りに行くことができた。忘れ物がそのままの形でキチンと手元に戻るところは、日本ならではないだろうか。ご迷惑をお掛けした皆様に謝罪すると共に、ベストな対応をしてくれた東急電鉄の方々には感謝である。

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のど飴の定義

まろんは季節の変わり目には体調を崩しやすい。風邪もひきやすいが、喉からくる風邪は最悪である。最近では、伝家の宝刀「タナベ製薬のポピクル」を発見してから、劇的に改善したが、喉が痛く、唾を飲み込むだけで激痛がはしるのは、相当な苦痛なのだ。これだけは避けなければならない。そこで、最近は仕事の一休みにと、のど飴を舐めることが多くなった。

のど飴をセブンイレブンに買いに行くと実にたくさんの、のど飴があることに気がつく。いや、これは沢山というか、度を越している。どいつもこいつも、のど飴なのである。

中にはかなりの甘ったるい物もあった。流石に、まろんも気がついてくる。これは本当にのど飴なのだろうか?と。

早速調べてみると、衝撃的な事実が発覚する。

「のど飴の定義は日本に存在しない」のだ。つまり、メーカーが「のど飴」と主張すれば、それは「のど飴」なのである。

にゃんてことだ。

これは、言ったもん勝ちの「システムエンジニア」や「プログラマー」と同じレベルではないか。

消費者の中には、期待効果を騙されて購入している人も少なくないはず。これは由々しき事態なのである。しかし、確かに効果もある類もある気がする。。調べてみると、のど飴は3種類に分かれており、パッケージにその種別が記載されているという。

1.医薬品

のど飴の中でも最高ランクに位置する効果お墨付きの、のど飴。よく耳にする「龍角散」はこの医療品である。

2.医薬部外品

ヴィックスやルルのど飴などは医療部外品。効果も低いが副作用も少ないとか。。少なくとも風邪を気にするなら、このレベルを口にしたいところである。

3.食品

自称のど飴。殆どの飴玉がこいつである。喉が潤うとか、スッキリするとか、そんなことではまろんは騙されない。まろんが大好きな「恋に恋するのどあめ」も、ただのキャンディだったかもしれない。美味しいのど飴に限って、こいつではなかろうか。

良薬口に苦しとはよく言うが、きちんと性質を理解しないと、効能プラシーボ効果になってしまうだろう。しかし、きちんとパッケージに書いてあるので、そこは、日本はしっかりしてると感じなくもない。

これから「のど飴」を購入する方は、目的をよく理解して適切な「のど飴」を購入してもらいたいと思う。

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減少するカラス

まろんには日課がある。家族が寝ている傍で、毎朝カラスを観察することである。カラスはどうやら朝のゴミを啄ばみに来ているようである。日々、可愛さを振りまくだけで、豪華ランチを頂いているまろんからしたら、その苦労には頭が下がる思いである。

しかし、そのカラスは昔もっと多かったと主人が言っているのを聞いた。

まろんが得意の、「いんたーねっと」で調べたところ、今世紀に入るまで4万羽いたのが今では1万羽だという。

どうりで減ったと感じるわけである。そういえば、街並みも少し綺麗になった気がする。と、主人から聞いた話で、思いにふけるまろんであった。

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日常品は贅沢をする

まろんの流儀に、日常品は贅沢をするというものがある。月に数回しか使わない家具にはお金をかけないが、毎日使うベッド、机、椅子、パソコンなどにはお金を掛けるのだ。使用頻度が高ければ、低品質なアイテムと利用比較したときのメリットが大きく跳ねるからである。

例えばベッドは、有明本社ショールーム|家具・インテリアの大塚家具に展示してあるものの中から、一番寝心地の良いフランス製の高級ベッドを選んできた。お試しで横になると、その場で眠り出しそうになるのが凄さを物語っている。

椅子は技術屋鉄板のアーロンチェア - オフィスチェア - ハーマンミラーである。何時間も引きこもり作業していても、疲れたということが皆無になる魔法のアイテムだ。

パソコンはヘキサディスプレイ(6枚液晶)と最新鋭のCPUを搭載。まろんの技術力を最大限に発揮できる。

これぞ、まろん帝国である。我が国の進撃は止まることを知らぬのだ。

ちなみに、これらのアイテムは嫁さんと暮らす時に全部お蔵入りしている。

まろんは今日もニトリの座椅子に座り、ニトリの敷布団で眠りにつき、パソコンは点けた記憶もない生活を送るのである。

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靴はブランド品に限る

まろんは靴というものにこだわりが全くなかった。パソコンのメモリと靴はノーブランドで良いと思っていたのだが、実際、靴の方はそうではなかった。

それまでは、イトーヨーカドーで適当な靴を選んでいたが、半年ほどで必ず履き潰してしまっていた。営業職ではないので、そんなに歩くものではないのだが...そういうものだと割り切っていた。

ブランド

会社にフルマラソンを走っちゃう同僚がいる。マラソンを走った次の日は、ゾンビのように足を引きずって会社に来るので、いつ走ったかが大変わかりやすい。そんな彼に靴のことをすこし相談して見た。

「靴は絶対ブランド品じゃなきゃダメだよ!」という。ブランド...?ABCマート?ぐらいの知識しかなかったのだが、話を聞くと、ミズノとかナイキとかアシックスとか、引きこもりのまろんでも聞いたことがあるメーカーが出てきた。

早速、新橋のアシックスストアで靴を購入してみると、正直驚いた。個人の足のサイズを計測し、左右の足の違いやバランスをデータ化。中敷による調整など、まろんが考えもつかなかったサービスが至れり尽くせりだ。まろんが扁平足で、べた足インファイトしかできないボクサータイプだと初めて知った。

無論、実際の履き心地も抜群。その場で履いて帰り、古い靴は処分をお願いした。

そこから、歩くのが楽しくなり、週末にはウォーキングに繰り出すなどガンガンに酷使していくが、まったく壊れないし、性能は落ちない。さすがに5年たったらメッシュに穴が空いたので、再度、アシックスに持ち込むと、履きすぎだとのこと。なんと物持ちのいいことか。

たしかに、2万円ぐらいするのだが、いままでは半年で6000円だったのだ。歩くときの負担も格段に少ないし、コストパフォーマンスが断然いい。最初からこっちにしておけばと思った。安物買いの銭失いもはこのことだ。ちなみに、まろんが仕事で履いているのはRUNWALK® | アシックス | ウォーキング | アシックス Japanである。先月、履き潰したので、まったく同じのをください!と言ってきて、いまは2代目である。

噂では、エルメスやルイヴィトンのバッグも性能が格段に違うと聞く。老舗のブランドはただのネームブランドではないのだなと思い、まろんは今日も家で引きこもるのである。

 

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まろんによる時間がない人のためのボヤキ

まろんが思うに人生で厄介な言葉の1つが、「時間がない。(後でやる」)である。色んなところで聞くことがあるが、これを言い出す人がいた場合は、相当な覚悟を持つか、やってもらうことを諦めた方がいい。

時間がないは誤り

「時間がない」は正しい表現ではない。時間は人により差があるわけではない。万物に与えられた時間の感覚は1日24時間と等しい。故に、正しい表現は、「自分の24時間の中で、そのことに時間を割り当てる余裕がない」であり、物事に対するプライオリティが低いことが問題である。

時間を作れも不適切

よく「時間を作れ」と言うが、これも遠回しな言い方だ。正しくは、「貴方の中で物事の重要性を認識しプライオリティを向上させろ」である。

これは無理な話だ。長年、自分の中で形成してきた価値観を他人の一言で変えることなど、自我を持つ人間では不可能だ。このような言い訳をする人間には、それなりの対応が必要となる。

もし、子供がゲームばかりで勉強をしていないのであれば、子供は勉強の価値を正しく理解していないだけである。「勉強をやりなさい」と言うのではなく、勉強することの重要性と楽しさを本人に理解してもらい、自分でゲーム時間を削り、勉強時間を組み込ませる意識の改革をさせなければならない。

これを親の権威や強い言葉で抑圧して実行させることは、良い結果を生み出すことに繋がらないだろう。やっていいのは、旦那への朝のゴミ出しを命じる程度だ。そして、意識改革は、一朝一夕でできることではない。逆にコロッコロ人の言うことに左右されるのであれは、アイデンティティに問題がある。意識改革させるにはオーバーに言えば、宣教師にならなければならない。

よって、「時間がない」と語る人を説得する場合は、十分覚悟することである。

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