命の値段

通り魔的な犯行のニュースが世間を賑わしている。実に痛々しい出来事だ。

しかし、何故、そのような犯行を平然と行えるのか。

まろんは、突発的な犯行や狂信的なものでない事は、命の値段が我々とは異なっていると考えている。

考え方は実に単純。安易に他人の命を奪ったそのレベルが、その犯人の命の値段なのだ。自分の命が安ければ安いほど、他人の命を同じ物差しで測って強行に及ぶ。故に命の値段が安い。

そんなものに巻き込まれたくはないが、時にどうしようもなく避けられない事態が起こるよは、世の中、誠に不条理である。

 

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プレッシャーは掛けているのは自分自身

まろんにはプレッシャーというものがない。しかし、人間には、期待に応えようとするときに感じることがあるようだ。中にはプレッシャーに押しつぶされてしまう人もいるらしい。

まろんからすれば、プレッシャーに押しつぶされる人間とは興味深い。

何かが物理的に乗っかっているわけではない。心理的な要素として乗っかっているのだ。しかし、シャーマンの呪術のように第三者がプレッシャーを掛ける魔術を行使し続けているわけではない。では、誰がプレッシャーを掛けているのか?トドのつまり自分自身ではないか。

自分をコントロールできるのは自分しかない

言葉はナイフのように突き刺さるという。しかし、刺さるか刺さらないかを判断するのは自分であるし、抜くも抜かぬも自分である。他人の期待をどのように解釈し受け止めて行動するかも自分なのだ。ここ一番の期待に応えるために己を鼓舞することは良いことだろう。しかし、押しつぶされては元も子もない。

例えを出す。テストで100点を期待されているとする。しかし、満点を取るのは至難である。運もある。

あるとき、分からない問題に遭遇する。パニックになる。どれだけ検算しても怪しく見える。時間だけが過ぎていく。気がついたときには、タイムオーバー。本来解ける問題も取り逃がす。

・・・似たような経験がある学生もいるだろう。しかし、よく考えて欲しい。

その満点を取る期待に応えられなければ何が変わるのだろうか?

この場合であれば、その一問を早々に見限り、次の問題に行けば済む話である。それ以外がパーフェクトなら98点は取れたかもしれない。では、その2点に固執する理由は何だろうか?それが「貴方の人生にとってどこまで影響するのか?」

実は、大概にして、なんの影響もない。

一つや二つ頭を下げるだけでどうにでも解決できるものがほとんどだ。なら、謝って終わらせればいい。

重大だと思い込んでいるのは自分自身であり、プレッシャーを掛けているのも自分自身なのである。

全ての出来事に100パーセントの期待に応えようとすることは非現実的で、それをこなそうとするのは、自分が承認欲求に絡め取られているのである。

自分をコントロールできるのは、自分しかいない。自分が主役の人生において、過度なプレッシャーで失敗することは、勿体ない。他人は自分が思ってる以上に無責任である。物事の価値を決めるのは他人ではなく自分なのだ。

いま、プレッシャーで潰れそうな人は、冷静になろう。

その上で、何かを削ることを選択する。ダメージが少ないものから順に削って行く。

プレッシャーを感じる時点で、既に何かが手遅れであることを悟るのだ。

100点ではなく90点を取りに行く。

それでも、人生は十分にうまく回る。

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お水にこそ気をつかうお店は美味い

まろんは外食好きである。

普段こそキャットフードで我慢しているが時折、美味しいものを食べに行きたくなる。無論、美味しい料理を食べた後は自宅でも真似をして調理したくなるのだが...

さて、せっかくの外食なのだから、ウマウマなお店を見極めたいとこではあるが、そのポイントはお水にあると言うことが、まろんの持論である。

例えば、お冷の代わりに麦茶であったり、レモン水であったり、蒸留水であったり、コップがオシャレであったりなどなど。昔にボヤいたラジオ体操と似た感じだが、ここは手を抜けると安易に思うところを手を抜かないお店は、大抵、料理が美味い。氷もなく、ぬるい水を小さいコップで、ダンッと机に置かれるような、一昔前のお店は、大概、自分のことしか考えてない。

ある店に友人と食事をしに行ったことがある。都心にありながらも老舗で、カウンター主体で営業しているお店だ。老舗ながらも連日多くの人が通い詰めている。商売繁盛の秘訣は直に分かった。

カウンターの上には氷が入っている水入りピッチャーが置かれていたのだが、私が水をコップに継ぎ足して水の容量が少なくなった時に、間髪を入れずに、マスターが新しいピッチャーを持ってきて交換したのだ。

まろんは驚愕した。

ピッチャーの水が少なくなったことを、何故、把握できたのか。厨房からはカウンターのピッチャーは見える角度にない。更にはピッチャーのケースは不透明であり、且つ、店は繁盛でごった返している。

答えは音である。

ピッチャーの水が少なくなると、傾けたときに氷が転がる音がするのである。賑やかな店の中にもかかわらず、ピッチャーの水が無くなった音を聞き分けタイミングを合わせてきた。誰もそんな所を気にしないだろうが、サイレントサービスの真髄だ。顧客に興味がないと到達できない。そんなお店の料理が美味くないわけがない

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ディズニーランド35周年記念貸切イベント

例の当選したチケットで、奥様と一緒にディズニーランドの貸切イベントに行ってきた、まろん。手短にボヤく。

  • 入場客数は平日のさらに3分の1程度の少なさ。
  • 先行公開のアトラクションは撮影禁止。
  • レストラン系の飲食店はやってない。
  • ファストパスがない。
  • ビッグサンダーやスプラッシュ20分待ちがマックス。
  • ビッグサンダーに乗るとき、手前の女子大生ぐらいの2人組が「最後尾がいいんですけど〜♡」と言って、個別対応してもらっていたテクを目撃し驚愕する。なんて自分勝手な人たちなのだろう。さっそく奥様とパクる。
  • 限定パレードが開始されると全てのアトラクションから人が消える。よって、パレードが終わった直後はあらゆるアトラクションが0分待ち。走れ!
  • パレードは立ち見限定。
  • お昼用のパレードを夜にやるため、ライトアップの光量が凄い。
  • 結果、ドナルドダックが怖い。

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「アハハハハハハハハハハ」

違法漫画サイトの利用についてボヤく

昨今、漫画をスキャニングアップロードしインターネットで見れるようにしているサイトが問題になっている。

海外サーバーを利用して違法な運営をすることは今に始まった事ではなく、ウェアーズサイトとして20年以上闇の歴史がある。しかし、バツが悪いのはスマートフォンが普及されたことに加えて、対象が漫画ということで、昔から違法コピーされ続けているパソコンソフトなどよりも、ニーズが大きいことと、若年層のアクセスが集中してしまっている。

これに対して、「インターネットは無断で見ることは違法だ。」ということに対して、「海外サーバーなので違法ではない。」「お金を払ってみるなんて馬鹿のやること。」などの反発の応酬になっている。

正確なデータが何一つ無い状態では全て仮定でしかないが、特に子供の反発が多いように見える。

さて、こういう状況では何が物事の本質であろうか。有償の漫画をインターネットで無料で閲覧することの損失を理解できない子供の問題であろうか?

いや、違う。子供が何をしてはならない(国益を害する)ことを理解することは無理なのだ。故に、補導なのであり、保護者が必要なのである。

子供に対して何が正しいかを力説する大人は、その子の保護者ではない。やってることは、知らないおじさんやおばさんが一方的に怒鳴っている。我々が老害と呼ぶ、その姿そのものであることを知るべきだ。

子供が正義と信じてることは、面と向かい合って真正面から話しても伝わらないことが多いところを、ましてや、匿名性を保ったまま上から伝えようとしても時間の無駄である。

今回のような事象を巻き起こしてきたのは、間違いなく大人なのである。

技術を促進させ、経済を動かし、法整備や対策が後手に回ってしまった結果である。ドローンのように問題が深刻化してから対策を始めるのだ。 

今回のように海外拠点を使っているのであれば、中国のようにグレートファイアウォールで自由を犠牲にするか、または外交手段で解決すべきであり、それができるのは政府だ。これが動かないうちは、国内損失よりも海外へ借りを作る方が大きいと判断しているか、認知できていないからである。子供の無知を叩く前にやらなければならないことは、他にも沢山ありそうである。

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まろんがディズニーランドのペアチケットの当選方法をボヤく

まろんはCokeOnアプリを愛用している。

コカ・コーラ社が運営するIOTサービスの一環で、自販機でジュースを買うと様々な特典を得ることができるサービスだ。

ある日、CokeOnアプリの案内を見ていたらディズニーランドのペアチケットのプレゼント企画を始めたようだった。どうやら、招待者限定のイベントをやるそうだ。

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このチケットを奥様にプレゼントして喜んでもらわなければと、この当選を全力で当てることを決意した。まろんは関係者ではないので仮説に過ぎないが、今回の抽選は当てる自信があった。その方法をボヤくとする。

当選するロジック

CokeOnはコカ・コーラ社のアプリである。ディズニーランドはオリエンタルランド社の所有である。ディズニーランドの無料ペアチケットをコカ・コーラ社内で配信するということは、すなわち業務提携しているということである。

以下、二社における条件の提示である。

株式会社オリエンタルランド

  • プレゼント当選者数は500名(ペア1000名様) 
  • お一人様一回までの当選。
  • 応募期間は1月8日から3月4日まで。

日本コカ・コーラ株式会社

  • スマホから対象商品を6本購入する毎に、一回の抽選権利が与えられる。

この二つの条件は水と油のようなものだ。裏で会社間のリベートは発生しているだろうが、互いの条件には口が挟めない。すなわち、抽選させるのはコカ・コーラ社であり、これには融通が効かないと考えることができる。

抽選させる会社の都合

コカ・コーラからしてみると、目的はディズニーランドペアチケットを出汁にして販売の促進を掛けることにある。事実、効果は覿面であろう。しかし、一つ着目しなくてはならないのは、コカ・コーラ社からすると、ディズニーランドペアチケットを、誰が当てようと「どうでもいい」ことなのだ。ただ、ひたすらにオリエンタルランド社からの要求に対してフェアであり続けることである。

要求に対してフェアとは何か?

オリエンタルランド社はコカ・コーラ社に抽選を委託しているが、同時に条件を提示している。これは、我々ユーザーと同じ条件である。

  1. プレゼント当選者数は500名(ペア1000名様) すなわち、500名以上当選させることはご法度である。しかし、同時に500名未満にするべからずである。オリエンタルランド社は広告効果を狙って打っているので、一定数は当てさせる必要があるのだ。
  2. 「お一人様一回まで。」これも、より多くの人に来てもらいたいためである。重要ではないので省略。
  3. 応募期間は1月8日から3月4日まで。ここが一番重要だが、期間の最終日であっても当選のチャンスは与えよ。とオリエンタルランド社の指示である。広告周知には時間がかかるため、猶予は設けるべきだ。

これの要求を満たすことがフェアである。しかし、これにコカ・コーラ社の都合が重なると、ホツレが生じる。

抜け穴

スマホから対象商品を6本購入する毎に、一回の抽選権利が与えられる。この抽選はその場で行われ、その場で結果が分かる。外れれば、また6本購入すれば抽選が可能となる。コカ・コーラ社からすれば早い段階から餌をぶら下げて販促させるために、このような形式を取ってしまったが、これが致命的。まろんが突くことのできる隙となった。

考えてもらいたい。即日、抽選が行われるのであれば、イベント開始の初日に500名当選してしまうことがありえるということを。これは、抽選期間を3月4日までとしている条件に、反する行為であり、許されないことなのだ。ましてや、twitterSNSなどが、ある昨今、すぐに露見してしまうだろう。

抽選システムの設計

これはコカ・コーラ社も当然把握している。そうなれば、抽選システムとして取る手段は一つしかない。それは、「1日の当選者数を制限する」ことだ。

1日に数名分の当たりくじを入れており、スマホから抽選を行いくじを引かせる。予定していた当たりくじがなくなったら、その日はどんなに抽選をしてもあたらない。逆に言えば、プレゼント企画開始当初は応募人数が多いため、当たる確率が低い。

抽選システムの難所

ここで、抽選システムの難所がある。それは、応募者数が少なかったり、運が悪い人ばかりで1日に用意した当たりくじが浮いてしまった場合だ。これはもう翌日以降にシフトするしかない。何故ならば、最終日までに500名は当選させなければならないのだ。応募者数が少ない、または運が悪いということで、当選者が100人だけになりました。とは、コカ・コーラ社はオリエンタルランド社に申し開きすることなどできないのである。応募者数が減少する抽選期間の最終日は、500名に到達させるだけの当たりくじがシフトされる可能性は間違いない。

ペアチケットを全力で当てる

すなわち、プレゼント企画最終日は帳尻合わせのための当たりくじが数多く残っており、且つ、その当たりくじを、誰かが引き終わる前までに抽選する。平たくいうと当選期間の最終日に日付が変わった瞬間、00時00分に引き始まれば最も当たる確率が高い。

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計画通り。

 

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男女の争いについてボヤく

まろんはオスである。

去勢するまでは明確に判断できる材料があったが、いまとなってもオスであるとともに、「まろん」という個である。

近頃、男女の争いがネットの世界では目立つようだ。

 例えば

など、女性の訴えを男性が非難する図式だ。

どちらも性的被害によるものが起因となっており、看過できないものだ。なのに、なぜ衝突が発生するのか?

理由は簡単で「男女に区分け」して境界線を引くからである。

僅かな犯罪者と予備軍をピックアップするために、集合体を大きくしすぎるため、大きな反発を生む。もし、「人間」を集合体とした場合は、それを提唱する1人対人類 の図式になるため、争いにならないだろう。

しかし、「男女」となると話は別である。比率からして、1対1の集合体に、二分する考え方だ。そこに属する集合体の大部分が反発を生むのは必然と言える。

それを十把一絡げにして「良し」とするのは、少々乱暴だ。

 

ここで、先ほどのリンク先を一部引用する。

「男性すべてが性犯罪者というわけではない」その主張には同意するまでもなく当たり前のことだ。そもそも男性すべてを性犯罪者扱いなどしていない。

ただ見分けがつかないのだ。毒のあるフグと毒のないフグは一般人には見分けられない為にフグの肝臓の販売は一律して禁止されているだろう。それは無害な毒をもつフグに対する差別か?いや違う。

見分けがつかないからこそ、被害に遭わないためにはすべてのフグに毒があるかもしれないと仮定しないと自衛すらままならないのである。

このように差別をしたいわけではないことが分かる。集合を抽象化してしまったために、一部の男がプライドを刺激され、論点をずらして反論してくる始末になってしまったが、これに噛み付き合うのは本末転倒である。

しかし、このように1人で解決できない問題にこそ、多くの人の考えが必要であり、その先に議論がある。互いの共通する問題の解決案にこそ、意見を募る事が有効だ。集合体の定義の在り方に力を使うのではなく、どのようにして問題を発生させなくするかを、現実的なラインで話し合い落とし込む。その結果を民主主義で決めれば良い。男と女の世界を分ける実現し辛い案から攻めるのではなく、実現し易く効果的なことを一つずつ対話して進めてはどうか。

語っておいて何の提案もしないことはできないので、いくつかブレストしてみる。

前提として、個に対して問題を発生させる前から制限を掛けたり裁くことはしない方針とする。(デスノートが必要になる)

とすると「抑止」で考える。更に、コストとプライバシーは度外視とする。

  1. 「隔離」する。人の間隔を1mはあけるようにする仕組みを考える。専用車両が気に入らないなら、全員が個室にして鍵をかけられるようにする。(高級夜行バスみたいな)。他、全席指定席とか。
  2. 「監視」する。あらゆる所に監視カメラと捜査員を張り込ませ威圧する。他の案との併用が効果的。
  3. 「制限」する。過去の犯罪歴に応じて、乗車不可であったり、一部への接近を禁止する。(海外だと性犯罪者は位置確認や外部から判断できるマークがつくんだっけ?)
  4. 「ペナルティ」を増やす。性犯罪者の刑罰を重罰化する。
  5. 電車を廃止し、動く歩道とする。

こう考えると、隔離するのは手軽で良い。次点はペナルティの増加であろう。危険運転致死法のように時代を見て新たに制定するのが、まろん的にオススメ。

決着しない男女の争いに目を向けるのではなく、同じ志を持つ「個」として協力し、一つの目的を達成するために前に進んではどうだろうか。民主主義では、男性側の票も取り入れれば、目的達成には大きく前進するのだ。

声を集める。まとめる。署名を集めて提出する、選挙では本件を主張する人に投票するといった、どこからでも歩き始めることはできるのである。まろんは一匹の個として同調する。

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