人類が生み出した黒歴史

まろんは猫である。猫に歴史はない。野良猫コミュニティは都会では絶望的で、1つの世代ごとに隔離されて生涯を終えるからである。

しかし、人間は社会性が強く歴史を紡ぐ。その歴史の年月だけ長く太い縄が絡み合うように、解けることは無くなっていく。

その歴史の中でも、人類が生み出した黒歴史の1つが煙草だ。

百害あって一利なし

煙草は現代では百害あって一利なしというのが常識である。昔はオフィスの自席でも吸えたりと、この世の地獄だった。昨今では、副流煙を起点に、その締め付けを強化することに成功しているが、歩きタバコや自転車で吸いながら煙草を撒き散らしたりするテロも今だに多い。子供を連れてあるく時でも、そこらの男の両手に煙草が握られてないか目を配らせる。

極めて迷惑だ。

それを吸うことがステータスであった時代が、なんと愚かしいことか。

「煙草で得られるコミュニケーション」や「痩せるために吸っている」は中毒性と向き合えない人間心理における言い訳の常套句である。

麻薬の定義は人間が勝手にライン引きしたもの

もしタバコの概念がない世界であれば、煙草は違法薬物として規制されていることは明らかである。一時の安堵を得るために、その身体を蝕ませ、中毒性があり、副流煙で公害を撒き散らすのだ。麻薬にカテゴライズしてもなんら問題はない。しかし、現代では、既に社会に蔓延し、各国の経済基盤の一つに組み入れられてしまっている。それ故、今から麻薬としてライン引きすることはできない。

それが人類の黒歴史たる所以である。

最初の一歩を規制できなかった過ちが、永年に続く羽目になったのだ。その特性から、貧民街では横行することを止めることはできないし、輸出国も止めることはできない。なんと、人間とは愚かな生き物だろうか。

みんな、何かに酔わなくてはやっていられない

諌山先生の名作から引用してみる。人間のなんと弱いことか。コミュニティを形成しなければ生きていけないほど、人類は弱かった。しかし、コミュニティを形成すればするほど、コミュニティに還元するものを上位となり、できないものを下位となる。そして、誘惑に抗うことができず、何かに酔わなくてはやっていられなくなる。結局は、人間の持つ脆弱性から来ているのだ。

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